80%以上の極めて高い投票率のなか、「独立には反対」という結果で終わったスコットランドの住民投票。しかし、日本人には一連の報道に「そもそも、なんでこんなことになっているの?」という素朴な疑問を感じた人が少なくないだろう。
普段、われわれが「イギリス」と呼ぶ国の正式名称は「グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国」といって、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つで構成された「連合王国」だ。
このうち、スコットランドがイングランドに「統合」されたのは1707年のこと。以来、300年以上にわたってスコットランドは「連合王国」の一部となってきたわけだが、それ以前は独立した「スコットランド王国」として長年、イングランドの侵略と戦ってきた歴史がある。
こうした歴史的な背景に加え、独自の文化と、強い民族意識を持つスコットランドでは以前から「独立」を訴える声が存在した。そして、1960年代に入り、ヨーロッパ随一の規模を誇る「北海油田」の開発が始まると、この「石油資源」の存在を背景に独立の機運が一気に過熱することになる。
1979年にはスコットランド議会の設立を求める最初の住民投票が行なわれ、その後の地道な運動によって、1999年には300年ぶりにスコットランド議会が復活し、自治政府を設置……と、この30年ほどで着実に自治権の拡大を続けてきた。
そして2012年、与党「スコットランド国民党(SNP)」が過半数を占めるスコットランド議会が、イギリスからの独立の是非を問う住民投票を行なうことを決定。イギリスの議会もこれを認めたことから、9月18日、いよいよ「運命の日」を迎えたというわけである。
「とはいえ、ほんの2ヵ月前までは誰も心配していませんでした。ほかならぬイギリスのキャメロン首相もスコットランドの独立なんてあり得ないだろうと、タカをくくっていたのです」
そう語るのは、元産経新聞ロンドン支局長で、イギリスを拠点に活躍する国際ジャーナリストの木村正人氏だ。
「住民投票の実施が決まって以来、独立賛成派(YES)と反対派(NO)の両陣営が、それぞれ1年以上にわたってキャンペーンを続けてきたわけですが、賛成派の顔である与党SNPの党首、アレックス・サモンドは政治家としての資質が高く、政策力もあるし有権者の気持ちが読める人。そのサモンドが8月25日に開かれた2回目のテレビ討論会で70%という高い支持を得たあたりから、流れが大きく変わりましたね。
その後、サンデータイムズが行なった世論調査では賛成派が初めて反対派をリード。投票直前の各紙の調査では、再び反対派が賛成派を上回っていたようですが、その差はごくわずか。1992年以来、選挙で予想を的中させてきた調査機関のプロも今回ばかりは『予想不可能』と白旗を揚げるぐらいの大接戦になっていました」(木村氏)
原潜の基地まで握っていた!
それにしても、投票前、わずか2ヵ月ほどで、これほどの接戦になった原因はなんなのだろう? 木村氏が続ける。
「もともと油断していたことに加えて、イギリス政府など『独立NO』の陣営が『独立したらポンドは使わせないが、通貨はどうするんだ? 独立したら福祉のレベルを維持できないぞ』といった感じで、独立賛成派の不安をあおったり、脅したりするようなキャンペーンを張ったことも大きいと思います。
夫婦の離婚にたとえるなら、夫であるイギリスが、その夫との離婚を望む妻(スコットランド)に『おまえなんて俺と離婚したら自立できないクセに何バカなコト言っているんだ』と言うようなモノ。これが逆に、スコットランド人の反感を招くことになったのです」(木村氏)
また、もうひとつ大きかったのが、政府が長年にわたって存在を隠し続けてきた、ある報告書の存在が2005年に明らかになったこと。
「1970年代に作られたその報告書には、なんと、『北海油田の権利を抱えてスコットランドが独立すれば、(欧州随一の経済大国となって)欧州最強の自国通貨を手に入れることができる』と書かれていたのです。
イギリス政府はこの報告書の存在を隠すことで、ずっとスコットランドにウソをつき続けていた。それを知ったスコットランド人は『独立を本当に恐れているのは、むしろイギリスのほうなのだ』と感じているのだと思います」(木村氏)
実際、住民投票の結果、スコットランド独立賛成派が一票でも反対派を上回れば、イギリスにとってその影響の大きさは計り知れなかった。
まず、北海油田の権益をめぐっては、領海を緯度で区切り「北海油田の9割近くは自国のもの」と主張するスコットランドに対して、国境線の延長線上で領海を区切り「北海油田の約半分」の権利を主張するイギリスとの間で、議論がすでに起きている。もしスコットランドの言い分が通れば、イギリス経済には大打撃だ。
また、スコットランドには現在、イギリス唯一の「核ミサイル搭載原潜」の基地があるが、スコットランド政府は「非核化」の方針のため、基地の存続は難しく、イギリス国内に移設せざるを得ない。ここでもイギリスは頭を悩ませたことだろう。
肝心の結果は反対派の勝利となったわけだが、今後、イギリス政府がスコットランドに対し、税制なども含めた大幅な自治権の拡大、権限の委譲を進めることは避けられない。投票の結果に関わらず、世界的な注目を浴びたこともあり、スコットランドにとっては実質的な「勝利」だったといえるのだ。
■週刊プレイボーイ40号「スコットランドに続くのはウイグル?カタルーニャ?沖縄!?」より(本誌では、スコットランドの影響で飛び火する各国事情も詳説)