福島第一原発から2.5kmの道路が通行可という狂気! 「アンダーコントロール」という安倍首相のウソがここでも明らかに?
東京から仙台までの太平洋沿岸を縦断する「国道6号線」。この約350㎞の一般道は「福島第一原発事故」直後から“半径20㎞圏内”にあたる約40㎞区間が通行止めにされた。その後、規制は段階的に解かれ一部区間のみ通行止めとなっていたが、そこが9月15日0時に解除、3年半ぶりに全線が開通した。
このニュース、世間的にはそんなに大騒ぎになっていないが、実は重大な問題を孕(はら)んでいる。というのも、この最後まで通行止めとなっていた双葉町~大熊町~富岡町の約14㎞区間は、福島第一原発のすぐ西側を通っているからだ。そんな高濃度放射性物質が降り注いだ「帰還困難区域」「避難指示区域」を走る道路を、一般車両がフリーパスで行き交うことに何も問題はないのか?
実際、この14㎞区間を通れるのは“窓を閉めた自動車”だけで、バイク、自転車、徒歩による移動は許可されていない。つまり、この地域の放射能汚染が今でも人体に有害なことは行政も認識はしているのだ。
では、なぜ全面開通に踏み切ったのか? そもそも、この9月15日の全面通行解除は、いつから予定されていたのか? 報道では「政府の指示」とされているが、どこの行政機関が実務を担当したのか? いくつもの省庁に問い合わせたところ、最終的にたどり着いたのは、内閣府「原子力災害対策本部被災者生活支援センター」だった。その担当職員の説明によると、
「特に前々から9月15日を予定していたわけではありません。ただ、通行の方針は昨年暮れから今年の頭にかけて検討が始まりました。その大きなきっかけは、地域住民や自治体の方々からの強い要望でした。被災地の復興を促進するために、一日も早く国道6号線を以前のように生活道路として使いたいという意見が数多く寄せられたのです」
確かに大震災と原発事故の発生以来、6号線の分断によって福島「浜通り」地域の住民は多大な苦労を強いられてきた。例えば、北側の南相馬市から南側のいわき市までクルマで行く際、以前は1時間ほどだったのが、「中通り」を迂回することで倍以上の時間がかかっていた。
しかし、6号線の再開通で何より重視されるべきは、放射能汚染の影響だ。これについては、どんな対策が講じられたのか。
6号線開通での放射能汚染対策は特になし?
「年初から路線内の放射線量の細かい調査と分析に取りかかり、これらの専門的な作業は、原子力規制庁に依頼しました」(前出・原子力災害対策本部職員)
では、「原子力規制庁」はどんな調査を行なったのか?
「まず14㎞圏内のモニタリングポストや文科省が行なってきた航空測定データなどの分析、さらに新規の路面測定を春頃まで繰り返して、除染が必要な場所を調べました」(同庁担当者)
この調査結果をもとに、通行制限解除に向けた除染を実施したのは「環境省」だった。そこで同省の担当者にも実際の除染作業について聞いてみた。
「作業期間は4月から8月にかけての約4ヵ月間。具体的には路側帯などに茂った雑草の刈り取り、側溝にたまった汚染土砂や落ち葉の除去、道路脇に迫ったコンクリート擁壁の高圧水洗浄などです。また放射線量が高めのアスファルト路面については、ショットブラストという装置を使って処理を施しました」
この装置は、小さな鉛の粒を高速で路面にぶつけて汚染部分を削り取るものだ。ただし、これらの除染作業は福島県内の多くの場所でも行なわれており、6号線だけが特殊な方法で処理されたわけではない。
そして除染終盤の8月に、再び「原子力規制庁」の測定班が、14㎞区間で実際に車両走行実験を行ない、クルマの放射能汚染が健康に影響を及ぼさないレベルと判定。その結果を受けて内閣府「原子力災害対策本部」が9月15日の通行制限解除を決めたという。また解除3日前には、その根拠となった6号線の線量調査内容を詳しくまとめた11ページの資料も公開された。
こうした各省庁の連携で実現した6号線開通。2日後の9月17日には、安倍首相が大熊町の原発事故汚染物の「中間貯蔵施設」候補地と川内村の保育園 を訪れ、砂場で遊ぶ児童たちを笑顔で見つめるシーンが報道された。このタイミングのよさは、15日の6号線開通との“すり合わせ”を感じさせる。
原発事故 処理は着実に進んでいると印象づけるパフォーマンスか? それはともかく、気になるのは6号線の放射能汚染が本当に大丈夫かということだが……。
(取材・文/有賀 訓)
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