特定の民族を差別・攻撃するような極右思想、あるいは極端な陰謀論がなぜ広がるか。理由のひとつは、多くの人が「国家」と「民族」を正しく区別していないことでしょう。

8月26日、ユダヤ人国家のイスラエルと、パレスチナ人が居住するガザ地区を支配するイスラム原理主義組織ハマスが、約50日間の戦闘を経てようやく長期停戦に合意しました。しかし、9月16日にはイスラエル南部に発射元不明のロケット弾が着弾するなど、事態はまだまだ予断を許さない状況です。

7月上旬に戦闘が始まった後、ヨーロッパを中心に、イスラエルの過剰ともいえる武力行使を疑問視する声が高まりました。一部ではそれが飛躍し、反ユダヤ主義的なデモも発生しています。近年、ヨーロッパ各国では経済・財政・雇用情勢の悪化に伴い、排他的な極右政党が議席を伸ばしている。こうした勢力が、イスラエルという国家への批判の声に乗じて「ユダヤ人が世界の政治・経済を裏で支配している」といった、いわゆる“ユダヤ陰謀論”を煽(あお)っている面もあるでしょう。

ここで大事なのは、「民族」と「国家」は決してイコールではない、という視点です。

世界には約200の国家がありますが、民族の数はそれをはるかに上回り、一説には3000以上ともいわれています。「国家」と「民族」の数が異なるーー言い換えれば、すべての民族が“自らの国家”を持たず、しばしばひとつの国家に異なる民族が共存していることなどから、この世界には「民族問題」が絶えないのです。仮にクルド人にはクルド人国家、チベット人にはチベット人国家といった具合に、民族ごとに国家が分配されれば、一国家内での他民族排斥といった問題は原理的に起こり得ません。

しかし、残念ながら現実はそうではない。加えて、民族問題がある地域には、往々にして「宗教」や「エネルギー資源」の問題が重なり合っているのです(例えば中東地域)。

イスラエルにしても、ユダヤ人国家として第2次世界大戦後に建国されたわけですが、すべてのユダヤ人がそこに集結しているわけではない。複雑な歴史的経緯もあってユダヤ人は世界各地に住んでおり、当然のことながら、彼ら・彼女らすべてが今のイスラエル国家の方針に賛成しているわけではありません。

変化するアメリカとイスラエルの関係性

アメリカで暮らしていると、ユダヤ人と接する機会が多くあります(ほとんどがアメリカ国籍を持つ「ユダヤ系アメリカ人」です)。ぼくが大学などで接してきた彼らの印象は、冷徹なほどに戦略的で、慎重で、なかなか本心を見せない。一方、ここというときには大胆な行動を起こす。「華人」(中国以外に在住する中国系住民)とよく似ていると個人的には感じています。

ただ、華人が世界中どこでも仲間同士で連帯し、目に見える形でグループをつくり上げるのに対し、ユダヤ人は表だって同胞と行動をともにするようなことはあまりないようです。

いずれにしても、彼らは政財界、アカデミック、メディア、エンターテインメントなどアメリカ社会のあらゆる分野に卓越した人材を輩出し、影響力を持っています。

しかし、国家としてのアメリカとイスラエルの同盟関係は決して盤石ではなく、近年ではまるで“他人同士”であるかのようにドライです。イスラエルの強硬派・ネタニヤフ政権が近隣諸国との関係を緊張化させている現状は、アメリカにとって深刻な「地域・民族リスク」になっているとさえいえますし、その動向はアメリカの将来的なグローバル戦略に「同盟リスク」を投げかけている。ぼくの皮膚感覚として、アメリカに住むユダヤ系知識人たちが、現在のイスラエル政府の政策を支持しているとも思えません。

「国家」と「民族」はまったくの別物。グローバル化が進む時代だからこそ、この真実に誰もが敏感になるべきです。こうした視点なくして国際社会を生き抜けるというなら、その理由を逆に教えて!!

●加藤嘉一(かとう・よしかず)日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院客員研究員。『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(集英社)など著書多数。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中!http://katoyoshikazu.com/china-study-group/