緊張が続くウクライナ情勢、中東では「イスラム国」が急激にその勢力を伸ばし、シリアとイラクの広大な地域を支配しつつある。米ソ冷戦の終結後、「唯一の超大国」として世界に君臨してきたアメリカのグローバル覇権が衰退し、世界情勢の不安定化が進んでいる。
そうした現代の姿を国際政治学の視点で描き出したのが中野剛志(たけし)氏の『世界を戦争に導くグローバリズム』だ。もちろん、日本もそうした世界情勢の激流と無縁ではいられない。むき出しの「力」による政治の時代に取り残されつつある戦後日本の脆(もろ)さにも鋭く警鐘を鳴らす。中野氏に聞いた。
―中野剛志(たけし)さんといえば、『TPP亡国論』がベストセラーになり、TPP(環太平洋経済連携協定)の「反対派の急先鋒」として活躍したというイメージが強くあります。それなのに、今回は国際政治学の立場から「現代」を読み解くというテーマで、意外でした。
中野 TPPのときは、テレビなどでうっかり目立ってしまったりしてしまったけれど(笑)、大きな文脈として本当に関心あるテーマは、今回の本のほうなんですよ。
TPPは僕の問題意識の氷山の一角にすぎなくて、20年以上研究してきたのは、国際政治の中で日本が置かれている状況についてでした。冷戦終結とソ連の崩壊によって、アメリカが世界唯一の覇権国になりましたが、早い段階からそれも長くは続かないだろうという予感があったんですよね。
さらに確信を強めたのは、2003年にイラク戦争をアメリカが始めたときです。「これは間違いなく致命的なミスになる。アメリカの覇権の寿命を縮めることになる」と思いましてね。
当時、そういう論文も発表したんですよ。TPPのときと同じで、誰も本気にしてくれなかったけれども(笑)。
―とんでもない、TPPのときは鋭い経済分析が評判でした。
中野 経済でいえば、間違いなく、2008年のリーマン・ショックでアメリカは衰退のスピードを加速させましたよね。リーマン・ショックが起きた瞬間に僕はこう予想しました。沈みゆくアメリカは利己主義的に振る舞い、よその国の市場や雇用を奪おうとしてくるだろう、と。
だから、こんな世界の大転換期に、アメリカが提案してきたTPPなどに、日本が安易に乗っかろうとするのは非常にまずい。そういう問題意識から、いち早く反対の論陣を張ったけれども、TPPはアメリカの覇権の衰退という非常に大きな問題のごく一部の側面でしかないんですよ。
それに加えて、経済のグローバル化がいきすぎると、景気が後退局面に入った途端に国家間の対立と緊張が高まることがまったくといっていいほど理解されてない点にも問題があると感じています。
へたをすれば、戦争になるんですよ。歴史を見ても、グローバル経済が失速し、世界大恐慌が起こって、第2次世界大戦につながりましたからね。
国際政治の「理想主義」と「現実主義」とは?
―本書でアメリカの外交戦略を読み解く視点として強調しているのが国際政治学の「理想主義」と「現実主義」という切り口です。
中野 わかりやすく言うと「理想主義」というのは、「自由と民主主義という理想を掲げ、国際協調を行ない、経済的には自由貿易を進めると国家は戦争をしなくなる」という見方です。グローバル化が平和につながるという考え方ですね。一方の「現実主義」の論者たちは、「国家というのは自国の利益と安全保障を中心に考えるものである」とみる。
理想主義のほうが日本では人気なんですよ。理想主義の経済的な側面であるグローバリズムもカッコいいと思っている人が多いでしょう。「力」を強調する現実主義よりも、理想主義やグローバリズムは平和的で、しかも道徳的に響きますから。
けれども、実際はそうじゃない。イラク戦争がいい例です。アメリカ式の「民主化」をするために、戦争まで起こしてしまうのが理想主義なのです。アメリカはどこまでも自分たちの価値観に基づき、自分たちの定義する自由や民主主義を強大な「力」を背景に世界に押しつけてきた。
しかも、彼らはその理想主義がうまくいくはずだと楽観してしまうのだけれど、各国それぞれに価値観は違うから反発を招くのは必至です。イラク戦争の後に、中東がむしろ不穏になったのは、そうした理想主義の失敗のせいです。ウクライナの危機も同じ構図です。アメリカが理想主義に走り、ロシアの隣のウクライナにまでアメリカ的な価値観を広め、勢力下に置こうとしたことがロシアの反発を招き、紛争になったのです。
― 中東情勢には、アメリカは本当に手を焼いているようですね。
中野 世界各地で秩序が維持できなくなり、あまりの負担の大きさに、アメリカは「世界の警察官」から降りようとしています。つまり、アメリカの国益のために世界から撤退したいという現実主義的な外交戦略です。シリア内戦で19万人もの人々が死んでいても、ウクライナの問題が起こっても、オバマ政権が軍事介入を避けてきたのは現実主義への転換を図っていたからです。
しかし、この転換もうまく進んでいるとは言い難い。ついに「イスラム国」への空爆にも踏み切りましたしね。アメリカ人ジャーナリストふたりが残忍に首を切られて殺害され、アメリカの中間選挙が近いとなると、何もしないではいられなくなったのです。
なぜなら、民主主義国家では自由や人権など、理想主義的な価値観をアピールしないと有権者の支持を得られないのです。オバマ政権は、国民の支持をつなぎとめるために、理想主義をやめたくてもやめられない。
しかし、この先も理想主義を続ければ、アメリカの覇権の寿命がもたない。一方で現実主義を強めれば、国内でオバマ政権の寿命が縮まる。アメリカはそうしたジレンマに追い込まれているのです。
日本もアメリカも世界情勢をはき違えている
―そんななか、日本はどうしたらいいのでしょうか?
中野 世界の情勢の歴史的な変化を認識するということから始めるべきでしょう。そもそも、戦後の日本の繁栄は冷戦のおかげでした。米ソの対立のなかで、日本が共産化しないようにアメリカが自ら日本の安全を守り、経済に集中させて復興を支援し、貿易では自国の門戸まで開いて支えてきた。日本が繁栄できたのは当たり前です。そんな冷戦期に、アメリカに従順でいようと考えた日本の外交政策は理解できなくもない。
しかし、冷戦が終わりアメリカが日本を繁栄させておく必要はなくなった。さらに20年たった今、アメリカ一極覇権の時代すら終焉(しゅうえん)しつつある。
それなのに日本は今でも「日米同盟」と「自由貿易」という冷戦時代の方針にしがみついている。まさに「2周遅れ」の状態です。
―日本もアメリカも、世界の情勢について、ずいぶんはき違えているのですね。
中野 はき違えの度合いは日本のほうがひどいのですが、アメリカのはき違いは世界に大いなる迷惑をかけてしまうわけですよ。
本書でわかってもらいたかったのは、世界は今、第2次世界大戦直前に匹敵する危機的な状況にあるのだということ。当然、日本が尖閣諸島の問題などで戦争に巻き込まれる可能性も十分にあるでしょう。そのときアメリカが必ず助けに来るかといえばそうではない。日本の繁栄を支えた「戦後」は、すでに終わっているのです。
(構成/川喜田 研 撮影/有高唯之)
●中野剛志(なかの・たけし) 1971年生まれ、神奈川県出身。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済学、政治経済思想。東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。スコットランド・エディンバラ大学より博士号取得(社会科学)。主な著書に『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本思想史新論―プラグマティズムからナショナリズムへ』(ちくま新書)などがある
■『世界を戦争に導くグローバリズム』 集英社新書 760円+税 『TPP亡国論』で日米関係のゆがみを鋭く指摘した著者が、より大きな視点で国際社会の今を徹底分析。アメリカ一極支配の時代が終わりを告げ、グローバル覇権不在の時代になった。その後、世界はどこへ向かおうとしているのか? その流れに取り残される日本の現状とは?