eコマースの分野で、あのアマゾンをも超える売り上げを誇るアリババ。そのトップであるジャック・マーは、今や中国の枠を飛び越え、世界の風雲児となりました。

9月19日、ジャック・マー(馬雲)率いる中国のIT企業アリババグループ(阿里巴巴集団)がアメリカのニューヨーク証券取引所でIPO(新規株式公開)を果たしました。世界最大規模のIPOとして大きな注目を集め、時価総額は約2300億ドル(約25兆円、同日終値で換算)と、トヨタ自動車(約22兆円)をもしのぐ巨大企業の誕生です。

一気に世界経済の風雲児となったジャック・マーは、その経歴からして“異端児”です。

1964年に上海の南に位置する浙江(せっこう)省の普通の家庭に生まれ、大学受験に2度失敗した後、杭州(こうしゅう)師範学院外国語学部英語科に進学。卒業後はアルバイトや英会話教師で生計を立てつつベンチャーに挑戦し続けたものの、99年にアリババを創業するまで、実に40回以上も起業に失敗したといいます。

中国には「英雄は出自を問わない」という風習がある。極めて“非エリート的”な存在でありながら、あらゆる壁を乗り越えて成功にたどり着いたジャック・マーは、時代のカリスマとして特に若い世代から熱い支持を受けています。

オンラインモールを運営するアリババの収益源は、売買・決済手数料と広告収入、そしてそれらを元手にした資産運用。利用者は月間2億5000万人以上、従業員は約2万5000人で、そのほとんどが中国人です。ジャック・マーの経営理念は「一に顧客、二に従業員、そして三に株主」。IPO直後にニューヨークで受けたインタビューでは、「株主がそれで納得するのか」と聞かれ、「顧客との関係をきちんと築き、優秀な社員を育成しないことには株主に配当できない」と答えていました。ロジックとしては理解できますが、それを株主至上主義の総本山ともいえるアメリカで言い切ってしまうところに、彼の破天荒なパーソナリティが表れています。

そんな彼が、ある意味で対顧客以上に神経を尖(とが)らせているのが、中国共産党との関係です。アリババのシステムでは、顧客は高金利で資金をプールできる――つまり、銀行に預金するよりも、アリババにお金を預けながら売買したほうが得をする。これは、中国の国営銀行や政府筋の金融機関にしてみれば脅威そのものです。ジャック・マーは、中国共産党が支配してきたお金の流れを根底から変えてしまった“反逆者”という見方も成り立ちます。

反逆者でいられる対抗策とは?

それだけに、中国共産党が彼のことを「目に余る」と判断すれば、習近平(しゅうきんぺい)国家主席の鶴のひと声ですべてを潰(つぶ)されてしまう可能性もある。だから彼は、常に中国共産党との関係を重視し、絶妙な距離感を保ってきました。人民のお金をプールして世論を味方につけ、中国共産党に対する“抑止力”を確保するーー既存のルールとは別の次元で立ち回る、前代未聞の“ゲームチェンジャー”といえるでしょう。

中国共産党との関係も深いアリババが、ニューヨーク市場でIPOを行なった背景については諸説あります。アメリカ政府が、中国のIT王を「取り込んでおきたかった」という側面もあるでしょう。もし今後、ジャック・マーが中国共産党に潰されるようなことがあれば、アメリカの株主たちが怒り、反共感情が高まるのは必至。それはホワイトハウスの政策を動かし、国際世論も紛糾するはずです。アメリカがジャック・マーに“対中カード”としての利用価値を見いだしたーーそんな外交考慮も否定できないと思います。

一方、中国との関係構築に苦しんでいるはずの日本政府には、彼を利用して情報を得たり、人脈を築いたり、経済資源を日本へ導くような動きは見られません。アリババの筆頭株主は、日本のソフトバンクなのですが……。ジャック・マーという時代のキーマンをスルーする理由を逆に教えて!!

●加藤嘉一(かとう・よしかず)日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院客員研究員。『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(集英社)など著書多数。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中!http://katoyoshikazu.com/china-study-group/