東日本大震災および福島原発事故後の県政の総括と、未来へのビジョンを争うはずの福島県知事選挙が、なぜか「ドッチラケ」な状態になっている。

「県知事選? ああ! 今、言われて初めて考えました。投票日、いつ? 誰が出ているのかもさっぱりわからないし、今は自分の生活のことで手いっぱいだから投票には行かないね」

ここは福島県いわき市平豊間(たいらとよま)。今月末から入居予定の災害公営住宅を下見に来ていた60代の女性はそう言った。同市小名浜(おなはま)の自宅を津波で流されて避難生活を送る夫婦の引っ越しは、今回で5回目になるという。

「引っ越しには助成金も出るけど、一からそろえなきゃならない家財道具もある。引っ越し貧乏で選挙どころじゃないのよ」

東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故から約3年7ヵ月。震災後初の福島県知事選が10月9日に告示され、いよいよ26日投開票を迎える。現地ではさぞかし熱い選挙戦が繰り広げられている……と思いきや、驚くほど関心が低い。これは異常事態と言っていい。

震災直後、多くの福島県民からは県政や国への不満があふれるように聞かれた。それが、この3年7ヵ月ですっかり怒りも収まり、平穏な暮らしが戻ってきている……というわけでは断じてない。

いまだに県内外で12万人以上が避難生活を送っていることを考えれば、現状の政治に激しい怒りをぶつける熱い選挙戦が繰り広げられてもおかしくないはずだ。

それなのに、こんなに盛り上がらないのには理由がある。それは、今回の県知事選が“中央の都合”に振り回された結果、自民、民主、公明、社民がひとりの候補に「相乗り」する形になったからだ。

元総務省官僚で、2009年から福島県庁へ出向、副知事を7年半務めた内堀雅雄(うちぼりまさお)候補である。

しかし、そもそも自民党県連は、今年8月に日本銀行元福島支店長の鉢村健(はちむらたけし)氏を推薦することを決め、9月初めには県庁のそばに大きな後援会事務所まで借りていた。

ところが、現職の佐藤雄平知事が引退を表明した翌日の9月5日、双葉地方町村会が内堀氏に出馬を要請。その翌日には、民主党県連も内堀氏を支援することを決めた。さらに9日には、県内の全町村でつくる県町村会も続いた。そして9月11日、満を持して内堀氏は出馬表明を行なった……。

その結果、7月の滋賀県知事選に続いてここでも連敗すれば、11月の沖縄県知事選へも影響が出ると考えた自民党本部は、鉢村氏に推薦を出さないどころか、独自候補よりも「負けないこと」を優先し、県連に内堀氏への相乗りを指示。4党がひとりの候補を支持する異例の構図ができ上がったのだ。

選択肢を奪われたら幻滅しかない!

「もう決まったようなもんでしょ?」(福島市の70代女性)

県民の間には、諦めにも似た失望感が渦巻き、そんな声が聞かれるなか、告示後、本誌記者は全6候補の街頭演説を取材。

その場に集まった人たちだけでなく、街を行く県民にも話を聞いてわかったことがある。それは、「街頭演説を聞きに来る人と来ない人の間にはかなりの温度差がある」ということだ。

例えば、告示日に内堀候補がJR福島駅東口で行なった「第一声」には300人近い聴衆が集まったが、そのほとんどがスーツ姿。よく見ると、森まさこ参院議員(自民)や玄葉(げんば)光一郎衆院議員(民主)といった国会議員をはじめ、福島県内の首長、県議、市議などの政治家が「相乗り」で参加していた。原発事故で被害を受けた双葉郡の首長たちの姿もあった。

県政の継承と3つの「しんか(進化、新化、深化)」を訴える内堀氏の演説会場に来た人は、表向きは「副知事の実績がある内堀さんとのオール福島」と口にする。しかし、某自治体関係者は、声を潜めて「今、顔を見せて応援しないと、後になって地元の予算を削られるんじゃないかという不安感もある」と、胸の内を語った。

一方、その場にいなかった県民の反応は一様に厳しい。

いわき市内でかまぼこメーカーに勤務しつつ、地元で芸術祭を主催するなどさまざまな活動を続ける小松理虔(りけん)氏が憤る。

「これだけの震災があって、県民も厳しい目で県政を検証しなければいけないときだから、僕は佐藤雄平知事の後継者である内堀さんと他候補が戦う『選択肢のある選挙』がいいと思っていたんです。選ぶ気満々。2大政党が堂々と議論をして問題点を洗い出して、選挙が終わったらノーサイド。みんなで決めた人を応援するのが政治じゃないですか。

そもそも、鉢村さんを擁立したのは自民党福島県連ですよ。県連が選んだということは、県民の代表が選んだということ。それを、党本部という“中央の都合”で取りやめにさせられたんです。特に、菅義偉(すがよしひで)官房長官が『政争をするような状況ではない』と発言したことが、僕の怒りに火をつけました。あらかじめ選択肢を奪われたら、より将来に対して幻滅する。これは“第二の戊辰(ぼしん)戦争の敗戦”に近いと思っています」

中央の現政権がつまらなくした福島県知事選。果たして、県民はどういう選択肢を取るのだろう……そもそもどれほどが投票に行くのか!?

(取材/畠山理仁)

■週刊プレイボーイ44号「福島県知事選は自民党のためにあるのか?」より