北海道と青森を隔てる幅わずか20kmほどの津軽海峡が、近い将来、中国と日本の駆け引きの舞台になるかもしれないという。

きっかけは先日、中国とロシアが、日本海沿岸の中・ロ・北朝鮮の国境付近に北東アジア最大の港を共同建設することで合意したこと。この計画が実現すれば、中国にとって津軽海峡が北太平洋や北米への最短ルートとなり、経済的にも軍事的にも非常に重要な航路となるからだ。

……しかし、実はすでに津軽海峡は、中国やロシア、さらに韓国など各国の貿易船(時には軍艦)が好き勝手に通過する“フリールート”になっているという。なぜなら、津軽海峡の中央部は日本の領海ではなく「公海」だからだ。

1977年、日本は国際的な基準に合わせて、自国の領海を沿岸から12カイリ(約22km)に設定した。この基準どおりなら、幅20kmほどの津軽海峡は、すべて日本の領海になる。

ところが、当時の日本政府は、宗谷(そうや)、津軽、大隅(おおすみ)、対馬海峡東水道、同西水道の5海峡を「特定海域」と定め、そこだけは領海を沿岸から3カイリ(約5.6km)にとどめると決めた。表向きは「国際交通の自由を確保する」という素晴らしい理由だが、ここには日本ならではの裏事情があったという。

東海大学海洋学部教授の山田吉彦氏が解説する。

「当時の日米安保の戦略上、米軍の核搭載艦が津軽海峡を通過できないのでは安全保障が成り立たない。しかし、海峡をすべて日本領海にしてしまうと、そこに非核三原則(持たず、作らず、持ち込ませず)が適用され、もし通過したことが判明すればすさまじい論争になることは目に見えていました。そこで海峡中央部を公海にし、『こっそり通ってください』というのが日本政府の本音だったのです」

こうして日本政府が「くさいものにフタ」をした結果、完全な“フリー航路”となった津軽海峡。グローバル化が進み、貿易が活発になったことで、近年では各国船が入り乱れて過密状態になっているという。

「2009年に津軽海峡を通過した外国貨物船は、コンテナ船だけでも1798隻。現在はさらに増加しています。2012年12月には、海峡内で日本のマグロ漁船と外国貨物船の衝突事故が発生しました。また、荒天時に外国船が陸奥(むつ)湾へ勝手に避難するケースも年間数百隻あり、2012年にはホタテ養殖施設が100ヵ所も損壊し、約3億円の被害を受けています」(山田氏)

日本が津軽海峡を守るためにできること

今ですら過密状態の津軽海峡に、もし中国軍艦がわがもの顔で押し寄せたら……大混乱になるのは目に見えている。

「軍事戦略のみならず、漁業も無視できません。中国では高級魚のサンマはオホーツク海が漁場。もし日本海に拠点ができれば、大漁船団とそれを守る海軍艦隊が津軽海峡や宗谷海峡を頻繁に往復することになるでしょう。また、約500隻のマグロ遠洋漁船を抱える中国国営企業も、津軽海峡を虎視眈々(こしたんたん)と狙っています」(軍事ジャーナリストの古是三春氏)

では日本海と津軽海峡を守るために、日本ができることはないのか? 前出の山田氏は、こんなウルトラCを提案する。

「国際海峡の指定は当該国の国内法の問題ですから、日本政府がやると決めれば、津軽海峡をすべて領海に組み入れることは可能です。領海なら、犯罪の取り締まりができますし、海峡に西行きと東行きの航路を分ける分離通行帯をつくり、航行管制を行なって船舶の安全も管理できる。また、中国海軍艦隊がジクザグに航行する、行ったり来たりするなどの示威(しい)行動もとれなくなります」

こうして津軽海峡を日本の管理下に置くのが最初の一手。続いては、いざというときに海峡を“封鎖”できる能力を保持することが大事になるという。

元海上幕僚長の古庄幸一(ふるしょうこういち)氏はこう解説する。

「何かあったときに海峡を封鎖するには、機雷をまけばいいのです。機雷撤去任務を遂行できる海自の掃海(そうかい)母艦は、同時に機雷敷設(ふせつ)艦でもある。また、護衛艦やP-3C早期警戒機、あるいは潜水艦も同じく機雷をまける。空自のC-130輸送機もできる。実は、日本の機雷敷設能力は高いのです。しかも、海自は新旧さまざまな機雷を持っている。これを交ぜてまくのが相手にとっては非常にイヤなのです。あとは、それをいつでもできるような態勢を整えておくことです」

ただし、この機雷敷設能力を大っぴらに誇示すると、中国は必ず「日本は軍国主義だ」「国際航路を潰(つぶ)そうとしている」などと、得意の“宣伝戦”に持ち込んでくる。前出の古是氏はこう語る。

「実際に海峡を封鎖してみせたり、『こうなったら封鎖する』などと政治家が発言することは逆効果でしょう。尖閣(せんかく)諸島の国有化で、中国に足元を見られたことを忘れてはいけません。こちらから事を荒立てるのは、中国の思うツボなのです。

だから海自は、普段、相模(さがみ)湾などで行なっている潜水艦訓練を津軽海峡で行なうなどして、『実は機雷封鎖できますよ』というメッセージを中国側に送ればいい。情報戦の一環として、うまく駆け引きのカードに利用することが重要です」

対策が後手に回れば、中国はいつの間にかドンドン進出してくる。かといって、表立ってこちらから動きだせば、それを逆に利用して「日本が先にやった」という既成事実をつくり出されてしまう。

“実力行使”にも“宣伝戦”にも持ち込ませない、絶妙な駆け引きが求められているのだ。

(取材/小峰隆生)