日中関係が決して良好とはいえないなか、首脳会談の実現に期待する報道が目立ちます。しかし、その裏にあるリスクにも目を向ける必要があります。
11月10、11日、中国・北京でアジア太平洋経済協力会議(APEC[エイペック])の首脳会合が開催されます。ホスト国である中国の習近平(しゅうきんぺい)国家主席は、この場をフル活用して国際社会にさまざまな発信をし、さらに関係各国へ“恩”を売るべく、戦略的に日程を調整しています。
ぼくがひそかに注目しているのは、アメリカ、ロシア、中国の3国による首脳会談です。とはいっても、会談が開催されるという正式な発表はありませんし、仮に行なわれたとしても、公にはアナウンスされない可能性が高い。あくまでも秘密裏に行なわれる会談として、セッティングへ向けた動きがあるという情報が一部で流れているだけです。
ただし、状況を冷静に見れば、会談への意欲、メリットは3国ともに見いだすことができます。
まず米中関係に目を向けると、9月9日に中国で習主席とスーザン・ライス米大統領補佐官が会談した際、中国側は「オバマ大統領のAPEC参加を歓迎する」という前向きな姿勢を示し、9月下旬に訪米した王毅(おうき)外交部長も同様の発言をしました。アメリカとの関係を重視するというメッセージです。
これに対し、アメリカ側もケリー米国務長官が「われわれは安定、繁栄した中国の発展を歓迎する」と、前向きな発信をしています。香港情勢についても、オバマ大統領は民主的な選挙が実現しないことに関して苦言を呈してはいるものの、中国本国の首脳を直接非難するような言い方はしていません。
中国は、こうして米中関係をマネージしながら、同時にロシアとも良好な関係を保持しています。ロシアのプーチン大統領と習主席は、9月にアメリカで開催された国連総会を共に欠席。オバマ大統領がウクライナ問題などに関して演説する前日には、習主席自らロシアの上院トップを人民大会堂に迎え入れ、会談の席で「われわれはロシアを永遠に制裁しない」と語っています。
したたかに立ち回る習主席が、ウクライナ問題などで冷え込む米ロ間に橋渡し役として入り込み、APECの場で改善関係を促すことで、両国に“恩”を売る――。あくまでも推測の範囲を出ませんが、十分に考えられるシナリオでしょう。
重要なのは中身。開催しか考えていない日本人
一方、日本におけるAPECの話題は、日中首脳会談が実現するか否かという一点に集中している。その議論の中に、「なんのために会談をやるのか」という視点はほとんどありません。NNN(日本テレビ系列)が10月中旬に行なった世論調査によれば、66.8%の人が「成果がなくても会って話し合うことが必要」と答えたそうです。こうした日本の報道や世論には、ワシントンの有識者も「いったい何を言っているのか」と不思議がっています。
外交は相手あってのもの。なんのための会談なのか、そこで何を議論するのか。その点を置き去りにして、開催への期待感ばかりが上がっていくことは非常に危険です。
本稿執筆時点では、首脳会談の開催の可否について正式発表はありませんが(編集部注:その後、開催を公表)、習主席は安倍首相と「正式に会わないこと」で、強烈なメッセージを送ってくるかもしれない。会談が行なわれたとしても、その席で日本に対して批判性の強い発言をする可能性もある。習主席の特徴のひとつは「言動が読めないこと」だとぼくは見ています。
首相官邸、外務省、メディアを含め、会談の実現ばかりに注目するのではなく、あらゆるシナリオを想定しておく必要があります。相手が思いどおりに動くとは限らないという前提に立ち、会談が行なわれようが行なわれまいが、あるいは会談の内容が厳しいものであろうが、国益につなげていくのが外交の本質であるはず。国家運営において死活的に重要な「ダメージコントロール」になぜ目を向けないのか、逆に教えて!!
●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中! http://katoyoshikazu.com/china-study-group/