拉致問題をめぐり、日本と交渉の席についた北朝鮮。その動機はともあれ、日本にとって大事なのは、このチャンスを無駄にしないということです。
10月末、日本の政府代表団が北朝鮮を訪れ、国家安全保衛部(いわゆる秘密警察とされています)の大物・徐大河(ソデハ)氏をトップに置く特別調査委員会と、拉致(らち)問題に関する協議を行ないました。
外務省の伊原純一アジア太平洋局長から帰国後に報告を受けた安倍首相は、「北朝鮮側から、過去の調査結果にこだわらず、新しい角度から調査を深めていくという方針が示された」とコメント。今後も北朝鮮とは協議を継続し、調査結果を求めていくとのことです。
これまでかたくなだった北朝鮮側が、どこか譲歩しているようにも感じられる動き。果たしてこの態度は何を意味しているのでしょうか。
2011年12月に2代目指導者の金正日(キムジョンイル)総書記が亡くなってからまもなく3年。北朝鮮情勢に詳しい中国の関係者によれば、指導者の地位を世襲した金正恩(キムジョンウン)第一書記への権力移譲は、決して順調に進んでいないといいます。昨年12月に起こったショッキングな事件―当時のナンバー2であり、金正恩の叔父でもある張成沢(チャンソンテク)氏の“粛清”も、そのことを象徴しています。
こうした状況に鑑みれば、まだまだ3代目の権力基盤は不安定で、国家が崩壊するほどではないにしろ、さまざまな不協和音と不確定要素が存在しているであろうと想像できます(ただし、金正恩が足の手術をしたという健康不安説については、国家の状況を見るという観点からはあまり参考になりません)。
北朝鮮の指導部は、国内の権力基盤や経済・社会状況が不安定だからこそ、外交で実利的なポイントを稼いでバランスをとりたい。その表れが、日本との協議であり、国境地帯における韓国との企業交流の再開であり、仁川(インチョン)アジア大会への高官派遣なのでしょう。最近は、アメリカや中国を刺激するような過激な行動も控えているようです。
ただ、中国の習近平(しゅうきんぺい)国家主席は、基本的に金正恩を信用していないといいます。国家主席に就任した後、北朝鮮より先に韓国を訪問したことも、「北朝鮮を特別扱いしない」という強烈なメッセージです。
また、どうやって金正恩と意思疎通を図るのか、習主席自身が悩んでいるという話も伝わってきます。父の死により権力を継承することになったまだ30歳の指導者(習主席から見れば“若造”です)が、いったい何を考えているのか。自分の投げたボールがどう扱われるのか。それがわからないまま会談を行なうことは、習主席にとってリスクです。
アメリカも北朝鮮にかまう余裕なし?
アメリカと韓国は深刻な内政問題が山積みで、北朝鮮問題に多くの政治資本を割く余裕はない。米朝接触は断続的に行なわれているようですが、ワシントンでも北朝鮮関連の話題がクローズアップされることはほとんどないと感じます。
こうした関係各国と比べると、拉致問題を通して直接的な交渉や接触を持つことができる日本は、北朝鮮問題に関して“独自性”を出せる立場にあります。例えば、北朝鮮の意思や狙いを独自に分析し、それを同盟国であるアメリカや、アメリカの同盟国である韓国とシェアして、共に対策を考える契機とする。日本独自の情報をカードにして、北朝鮮への対応を模索している中国との対話を強化する手も考えられる。
このタイミングで北朝鮮との交渉の糸を持つ日本は、拉致問題のみにとどまらず、核を含めた北朝鮮問題の包括的な解決を図るべく、リーダーシップを発揮すべきです。アメリカや韓国、中国に貸しをつくることで、日本が東アジアにおける“ゲームメーカー”になるチャンスが生まれる。自ら能動的に動く過程でこそ、拉致問題に関しても解決に向けた希望を見いだせるのではないでしょうか。この機会を有効活用しない理由があるというなら、逆に教えて!!
●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中! http://katoyoshikazu.com/china-study-group/