元防衛官僚の柳澤協二氏(左)と、紛争解決請負人の伊勢﨑賢治氏(右)。自衛隊が中東で武力行使する可能性はあるのか?

混迷の度合いを増す、イスラム国をめぐる中東情勢。アメリカが空爆を開始し、終わりなきテロとの戦いが次のステージに入るなか、集団的自衛権の行使を決めた日本はアメリカの“ポチ”として、この戦争にどう巻き込まれていくのか?

紛争解決請負人の伊勢﨑賢治と、元防衛官僚の柳澤協二氏が、日本が果たすべき役割と現実的かつ危険なシナリオについて徹底分析した!

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―中東情勢は今、「イスラム国」の急激な勢力拡大で大混乱に陥っています。すでにシリアの一部やイラク北部を支配するイスラム国とはなんなのでしょう? そして、この状況をつくったのは、やはりアメリカ?

伊勢﨑 現代のテロリズムは単一の組織ではなく「ネットワーク」によるものなのです。アメリカによるオサマ・ビン・ラディン殺害が示すように、アルカイダの首謀者を抹殺しても戦果にはなりません。そして、その空白を埋めるように、より無軌道で過激な連中が派生・増殖していきます。イスラム国はそういう状況下で出現したのです。

柳澤 この混乱の根底にはアメリカが起こしたイラク戦争があります。サダム・フセインのような独裁体制がいいかは別として、アメリカがそれを崩壊させた後、まともな国家体制をつくれず、混乱だけが残った。それに乗じてイスラム国は勢力を伸ばしていったのでしょう。

イスラム国が目新しいのは自ら「国」を名乗っているところです。彼らはシリアやイラクといった既存の国境や国際秩序を否定することで、国境を超えたシンボリックな吸引力を持とうとしている。世界中の若者たちがイスラム国に引き寄せられている背景には、そうした面も関係しているのです。

―オバマ政権はイスラム国への空爆に踏み切りました。そこで気になるのが、7月の「閣議決定」で憲法9条の解釈を変更し、集団的自衛権の行使容認へと踏み込んだ日本が「イスラム国との戦争」に巻き込まれる可能性です。

柳澤 アメリカによる空爆の効果は限定的ですから、それでイスラム国を潰(つぶ)すのは難しい。また、仮にイスラム国を潰せたとしても「イスラム国的」な過激派の求心力を消去できない限り、これはやはり終わりのない戦いになります。

今、アメリカの世論は反戦意識が高いので、米軍に人的犠牲が出るような地上兵力はなかなか出せないと思いますが、アメリカ軍のデンプシー統合参謀本部議長は地上兵力を投入しなきゃいけないとも言っている。もしアメリカが地上兵力を出すとなったら、アメリカ側から「日本はどう貢献してくれるのか?」っていう議論が出てくることはあり得ます。

アメリカは日本に武力行使を求めてくるか?

伊勢﨑 まず確認しておきたいのは、イスラム国との戦争は、これが決して新しい戦争ではなく、9・11アメリカ同時多発テロ事件に端を発したアフガニスタン(以下、アフガン)紛争、イラク戦争と地続きなのです。ですからこの先も、未来永劫(えいごう)続いていくでしょう。

そして、仮にイスラム国との戦いが国連の決議による「国連的措置」(集団的安全保障の行使)となれば、日本も国連の一員である以上、当然、なんらかの形で参加せざるを得なくなる。それがいやなら国連を脱退しますか?という話になります。

柳澤 その場合、もし自衛隊が戦闘行為に参加するとなると、「集団的自衛権」や「集団安全保障」の問題が関わってくるわけですが、2001年のアフガン紛争での給油活動のような「後方支援」に限定すれば従来の憲法解釈のままでも可能です。

今、日本はジブチ(アフリカ北東部の共和制国家)に航空基地を持っていますから、そこを拠点にしてアメリカが行なう空爆への支援をやろうと思えばできる。あとはそういうニーズがあるかでしょう。

伊勢﨑 実際、今までの9条解釈の下でもイラク特措法(イラク復興支援特別措置法)という形で自衛隊を派遣して違憲性を乗り切ってきた。すでにやっちゃってるわけですよ。

柳澤 そこは当時、防衛省にいた僕と伊勢﨑さんでは少し立場の違いがある。われわれはイラク特措法は違憲だと思わずにやってきた。つまり、「他国の武力行使と一体化しない非戦闘地域での後方支援」であって、それが憲法9条との整合性を守る「最後の一線」だという考え方です。

その点、7月1日の閣議決定というのは、「他国の武力行使とも一体化する」「自衛隊も武力行使に参加する」という道を開くことに意味があったと見るべきです。後方支援なら今でもできるわけですから。それがなければ、わざわざあんな閣議決定をする必要はない。

―そこに今年7月の閣議決定の意味があると?

柳澤 そう。では日本がそうやって「武力行使」をオプションとして持った場合に、アフガンのときは給油支援、イラクのときは戦争後の復興支援だったけれど、今後はそれだけで済むのか、と。アメリカから「日本は武力行使できるようになったんだから、治安活動やってよね」と求められてもおかしくない。

伊勢﨑 近々だと、イスラム国がトルコに侵入すれば、トルコはNATOの一員ですから、NATOとして集団的自衛権を行使することになります。この場合はアメリカが旗を振るというより、最初からNATO主導になるだろうから日本が巻き込まれる可能性は少ない。国連PKO以外で自衛隊が行かなきゃならなくなるのは、初期のアフガンとかイラクのようにアメリカがガンガン主導する作戦ですから

ただし、繰り返しますが、これが国連決議による集団安全保障が発動されると話は別です。日本も国連の一員として無視できなくなるのです。

不明瞭な日米ガイドラインに防衛省も困惑

―集団的自衛権の行使を行なうための関連法案の整備は、来春の国会で審議されることになっています。しかし、その中身は何も明らかになっていません。

一方で、日本が他国に攻撃されたときや周辺国での有事(戦争)が起こった際の、自衛隊とアメリカ軍の役割分担を決める文書「日米防衛協力のための指針」、いわゆる日米ガイドラインの見直し協議が進んでいます。

柳澤 今回のガイドライン協議の中間報告では、「7月1日の閣議決定を今後反映させてゆく」と書いてあるのですが、この先の作業は関連法案の整備を待たないと進められないという状況になっています。閣議決定に基づいた新しい法律の概要が出てこなければ、「自衛隊ができる限界」がわかりませんので、防衛協力に関する具体的な協議などできるはずがない。

また日米ガイドラインというのは基本的に対米支援の枠組みですから、例えばイスラム国との戦争で今後、アメリカ軍が何をしようとしているのかがわからないと、自衛隊が何をしていいのかが見いだせないのです。

私が直接担当した1997年の日米ガイドラインの改定では、朝鮮半島での有事を念頭に、日米でどのような協力ができるのかを協議しました。そこでは、憲法に抵触しないように「戦闘行為とは一体化しない」という前提で話し合いが行なわれ、法的な根拠もあったし、どこで何をするかという、想定される事態のイメージがはっきりとありました。しかし、今回はそうしたプロセスが見られない。

それなのに政府は今、日米ガイドラインの「周辺事態」という概念を外そうとしています。これによって自衛隊は地理的制約を受けずにアメリカ軍への支援ができるようになります。つまり、世界のどこでも、あるいは宇宙空間やサイバー空間も含めて、日本はアメリカと協力しますということです。

このように、法的な根拠もなく具体的なイメージもないまま、アメリカへの支援の枠組みだけが広がろうとしているのです。それで今、防衛省はかなり困っていると聞いています。

―では、アメリカは具体的に日本にどんな貢献を求めてくるのでしょうか?

伊勢﨑 アフガン紛争は、9・11でアメリカが個別的自衛権を発動したわけですが、その翌日にNATOが集団的自衛権を行使し、国連も集団安全保障を発動しました。それがNATO加盟国のほとんどに地上部隊を派遣させたのです。地上部隊を出すということは「兵士が死ぬ可能性」が非常に高い。そのリスクと引き換えに各国とも主体性を強くする。戦術に文句も言うし、場合によっては離脱もある。

そういうときに、NATOの加盟国じゃない日本が部隊を派遣してくれると、アメリカとしては政治的に都合がいいんです。「加盟国じゃない日本だってやってくれるんだから」と言えるわけですね。アフガン紛争での自衛隊の給油活動などもその流れです。日本周辺の有事ではなく、仮にイスラム国との戦いでも、アメリカが日本を使うのはそういう用途ですね。

武力行使とは別の自衛隊の戦い方がある

―自衛隊の「武力行使」に道が開け、来年、関連法案が成立した場合、どんなことが起こり得るのでしょうか?

柳澤 具体的な話がほとんど見えないなか、安倍総理は唯一、「ペルシャ湾が封鎖されて、中東から石油が来なくなれば、それは日本の存立を脅かす事態だから集団的自衛権の行使を認めてもいい」と明言しています。今後、イスラム国がさらに勢力を伸ばして中東全体が混乱に陥れば、集団的自衛権の行使の要件として閣議決定で示された「わが国の存立が脅かされる」事態と見なされる可能性はある。

しかし、日本がアメリカと共に直接戦闘の矢面に立って、彼らの「敵」だというスタンスを取ることが、日本や世界全体にとっていいことでしょうか? それは、これまで中東地域で「日本の強み」でもあった「日本は武力行使をしない、敵ではない」という立場を放棄することを意味します。

伊勢﨑 テロとの戦いに終わりはありません。イスラム国を倒しても、また次のイスラム国が現れます。だから、この戦いはたくさんいる「敵」の中から、「比較的まともな敵」を味方に取り込む以外に道がない。

現にアメリカは今、アフガン撤退を控えて、パキスタンのタリバンよりまともな、アフガンのタリバンを味方につけようとしています。テロとの戦いが続く以上、この先も自分たちの懐に「比較的まともな敵」を巻き込む役目が必要になります。それをこれまでは国際社会を代表して、主にノルウェーやドイツがやってきました。

日本はそういう役割を担う上で有利な立ち位置にいます。中東での信頼もあり、これまで戦争をしてこなかったからです。当然、日本も国際社会の一員として、「テロとの戦い」に参加すべきなのですが、武力行使とは別のそうした戦い方、巻き込まれ方があるということを考えるべきでしょう。

柳澤 日本がどういう形で世界の役に立てるのかを一度、日米同盟から離れて考える思考回路を持つことです。今、日本が進んでいる方向がそうですが、むしろそういう回路を持たないことが一番危険です。

戦争に巻き込まれた際の最悪のシナリオとは?

―では、日本が、あるいは自衛隊がイスラム国との戦争に巻き込まれる「ワーストシナリオ」を教えてください。

柳澤 日本が一方的な対米従属でアメリカの“ポチ”だったとしても、これまではそのアメリカがつくった「憲法9条」を盾に「拒否権」を発動できました。それをあの閣議決定で放棄してしまったのです。その結果、日本がどこまでもアメリカの戦争についていって、自衛隊が戦死者を出し、民間人を巻き添えにし、日本自体が敵視されてテロの対象に……というのが最悪のシナリオでしょう。

伊勢﨑 今はイスラム教とか関係なく、世界各国から英語しか話せないような若者がインターネットでアルカイダやイスラム国のホームページを見て、義勇軍として参加する時代です。今後、日本人がそこに加わり、「日本に帰ってテロを実行してこい」となってもおかしくない。「日本がアメリカと組むなら、日本で何かやればアメリカにダメージを与えられるだろう」と敵は考えるのです。

そのときはテロの標的として原発施設を狙うでしょうね。福島第一原発に海側から廉価の携帯ミサイルでも一発ぶち込めば、横須賀のアメリカ第七艦隊も逃げちゃうから……。

柳澤 それこそが本当に「国家の存立の危機」です。最近の戦争って、国家同士の利害の対立というよりも「怒り」や「憎しみ」みたいなものがエネルギー源になっている。その「怒り」に自分探しの若い人たちが惹きつけられている。

急激なグローバル化で自分のアイデンティティを見いだしづらくなったことに大きな原因があって、それが暴力的に他人のアイデンティティを否定する形で一気に噴き出してしまっているというのが、今の時代の底流にある感じがするです。

●伊勢﨑賢治(いせざき・けんじ)紛争解決請負人。東京外語大学大学院教授。国連PKO上級幹部として東ティモール、シエラレオネ、アフガニスタンの武装解除を指揮。近著に『日本人は人を殺しに行くのか』(朝日新書)

●柳澤協二(やなぎさわ・きょうじ)元防衛官僚。2004年から09年まで、小泉、安倍、福田麻生政権で内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)を務める。近著に『自分で考える集団的自衛権―若者と国家』(青灯社)

(構成/川喜田 研 撮影/村上宗一郎)