発生から2ヵ月近く経過した香港デモをあらためて検証してみると、中国側の周到な対応策が目につきます。これはいったい何を意味するのでしょうか。

9月27日に発生した香港のデモは、行政側との溝が埋まることなく膠着(こうちゃく)状態に陥(おちい)りました。すでに国際的な注目度は低下し、11月10日から開催されたAPEC(エイペック・アジア太平洋経済協力)の首脳会合でも、香港情勢はトピックになりませんでした。

本稿執筆段階では、香港政府は司法手続きにのっとり、一部地域でバリケードなどを強制的に撤去する構えを見せています。

事の発端は8月31日、中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)が、2017年に行なわれる香港行政長官選挙の立候補者を“親中的な人物”に限定すると決定したこと。香港の学生団体や民主派はこれに反発し、選挙を民主的に行なうよう要求してきましたが、全人代が決定事項を覆(くつがえ)す可能性はゼロに等しいといえます。

昨年7月、中国のある公安関係者と話す機会があったのですが、彼はその時点で「2014年の10月前後に香港で大規模なデモが起こる」と予見していました。つまり、中国政府の全人代での「決定」、およびそれに伴う反発への対応策は、政府や公安部、香港警察が1年以上前から長い時間をかけて周到に準備してきたものだったのです。

発生以来、デモと対峙しているのは一貫して香港警察。人民解放軍の出動はなく、中国公安部も一歩下がったポジションで事態をコントロールしています。中国政府は国際的な批判を浴びないよう、最後まで香港警察を矢面に立たせるでしょう。北京の指導部は、いずれはデモ側が疲れ果て、騒動は収まると考えているはずです。

香港市民の世論も決して一枚岩ではありません。メインストリートをデモ隊が占拠し続けることで、不便を強いられる人もいる。中国の建国を祝う国慶節の10月1日から4日までの小売業の業績は、例年の3~4割減だったそうですから、現実に経済的な影響も出ています。

賛成派、反対派、沈黙派の3つに分けるなら、おそらく沈黙派が全体の8割以上を占める。彼らは中国政府の決定には反対ですが、かといって香港の安定と繁栄を脅かすデモにも賛成しきれない“浮動票”。中国政府はこの層の重要性をよくわかっており、なるべく刺激しないよう対策を講じているわけです。

ピンチはチャンス、隙のない中国

騒動が長引くことで、香港の国際金融センターとしての地位が危うくなる可能性を指摘する声もあります。しかし、中国政府はその点も織り込み済みのもよう。中国は2020年までに上海を国際金融センターにするという目標を掲げており、「仮に香港がダメになれば、上海の国際的地位を上げるべく動くまでだ。ピンチはチャンスだ」(共産党関係者)という心づもりのようです。

こうして見ると、中国政府の対応はスキがない。しかし、ぼくにはより根本的な部分で判断ミスをしているように思えてなりません。

近年では人口700万人の香港に、年間4000万人もの中国人が訪れています。香港の経済はもはや中国なしでは成り立たない。となれば、たとえ普通選挙の候補者を民主的に募ったところで、実利を重んじる香港人が極端に反中的なリーダーを選ぶとは考えにくい。立候補者については香港側に委ねて静観しておけばよかったとぼくは考えます。

中国政府が「われわれは香港政府と密に連携しながら、公正な普通選挙をサポートしていく」と公言すれば、デモの発生を防ぐことができただけでなく、西側諸国にもいいアピールになったはず。そうした判断をできなかったのは、「香港民主化」の波が中国本土にまで及び、腐敗や格差など諸問題に不満を抱える人民たちが民主選挙に興味を示すことを懸念したからでしょう。

それでも「中国共産党政権の基盤は盤石である」といえるなら、その理由を逆に教えて!!

●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中! http://katoyoshikazu.com/china-study-group/