ここ最近の急激な原油価格の下落は、産油国の経済を直撃しています。特に深刻な状況にあるのがベネズエラ。財政破綻の危険が指摘される同国を訪れてきました。

原油価格下落による経済危機に揺れる、南米の産油国ベネズエラへ行ってきました。結論からいって、あれほど危険な国をぼくは訪れたことがありません。

22時に首都カラカスの空港に着くと、「俺はオフィシャルだ」と名乗るタクシー運転手のクルマに乗り込みました。早速洗礼です。ホテルまで20ドルという約束だったのに、「渋滞にハマったから」と、道中で50ドルを要求されたのです。相手は見上げるような大男。彼を怒らせない程度に値切り、30ドルで事なきを得ました。

ベネズエラは治安の悪い国です。2012年の殺人事件は約1万5000件で、人口当たりの発生率は日本の100倍以上。誘拐や強盗事件は日常茶飯事で、殺人事件の約80%で拳銃が使用されているとのデータもあります。現地の人から、特に日が暮れてからのひとり歩きは絶対ダメだと忠告されました。

換金にも困りました。街のどこを歩いても、外貨両替所が見当たらない。要するに、海外からの観光客がほとんどいないということです。

ベネズエラは年率50%以上という超インフレで、為替(かわせ)レートが崩壊し、地元通貨のボリバルは紙くず同然の状態です。政府発表の公式レートは1ドル=約6ボリバルですが、市中の闇レートではなんと1ドル=173ボリバル。北朝鮮との外交に携わった経験のある中国の外交官にこの話をすると、「正規と闇のレートがそれほど違うとは、北朝鮮以上だ」とたまげていました。

店には物資が不足し、スラム街には貧困層があふれ、犯罪が多発。原油価格ショックうんぬん以前に、国家としての体を成していない。

ニコラス・マドゥロ大統領は社会主義を掲げていますが、これはカリスマ的な人気のあったウゴ・チャベス前大統領(2013年3月死去)が推進した路線。チャベス路線の最大の特徴は、富裕層や中産階級から富を吸い上げ、貧困層に対し手厚い施しをする政策です。

現地の軍関係者の話では、富裕層や中産階級はギャングのターゲットとなり、家に押し入られて命を脅(おびや)かされ、そのまま占拠されてしまう事件が多発している。警察に訴えてもギャングを恐れて動こうとせず、社会主義を掲げる政府も富裕層を助けるようなことはしない。そんな国情に絶望し、国外へ脱出する人が続出しています。

どこにでも潜む中国の影

この国の知識層の人たちは、口々に無力感を訴えます。国家が国民の生活や安全を守れず、法やルールよりも権力や暴力が支配する社会でいったい何ができるのか、と。複数の現地人に「今、一番欲しいものは何か」と聞くと、全員が「平和」だと答えました。

このカオスのような状況を変えるには、第三国からの働きかけが必要だと感じられたので、前出の軍関係者に「日本に何かできないか」と尋ねてみました。しかし彼は、「政府も国民も、外からの援助で発展するのは屈辱でしかないという考えに固執している」といいます。自力再生でなければプライドが許さないのでしょうか。

一方、政府がここにきて急接近しているのが中国です。1月7日、マドゥロ大統領は中国を訪問し、習近平(しゅうきんぺい)国家主席と会談。関係者の間では、ベネズエラ側が中国に融資や資金援助を頼みに来たともっぱらで、案の定、200億ドルの“投資”が約束されました。中国共産党としても、同じ社会主義路線を掲げる反米主義の産油国ベネズエラのインフラ整備やエネルギー開発を支援し、取り込んでおくことは、地政学的に大きな意味があるのでしょう。

途上国や新興国を中心に、最近はどこの国へ行っても“中国の影”がちらつきます。この潮流に無関心でいられるというなら、その理由を逆に教えて!!

●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU)日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中!http://katoyoshikazu.com/china-study-group/