アメリカ合衆国の“裏庭”と呼ばれる中米にも、中国の勢力は確実に及んでいます。その好例が、この地域を象徴する「運河」をめぐる覇権争いでしょう。
ラテンアメリカ各地をめぐる旅のご報告も3回目。今週は、中米諸国の最南端に位置するパナマです。ここでは(ここでも、と言うべきでしょうか)、アメリカと中国という二大国の経済的・地政学的な対立の現状を垣間(かいま)見ることができました。
パナマといえば、誰でも思い浮かべるのが「パナマ運河」でしょう。太平洋とカリブ海を結ぶ航路は、古くから国際通商や流通の世界的要衝(ようしょう)になっています。
雄大な運河に臨む高台で、行き交う船を眺(なが)めていて気づいたのは、中国籍の船が多いということ。これはたまたまではなく、現地の人に聞いても「最近は中国の船ばかりだよ」と言います。あらためて、現在の国際交易における中国の影響力の大きさを感じました。
昨年、パナマ運河は開通100周年を迎え、国ぐるみで盛り上がっていました。しかしその一方で、大型化した商船や増え続ける船舶数を受け入れるには、すでに運河のキャパシティが限界に達している。現在、急ピッチで拡張工事を進めています。
そんな折、同じ中米のニカラグアで、昨年12月に「ニカラグア運河」が着工されました。やはり太平洋とカリブ海を結ぶ航路は全長259.4㎞で、パナマ運河の約3.5倍もの長さ。工事にかかる費用は約500億ドルに達し、これはニカラグアのGDP(国内総生産)の4倍以上にもなる金額です。一国の将来を担う大型プロジェクトとして、世界から注目を集めています。
ところがこの事業について、1月6日、在ニカラグア米国大使館が「情報や透明性の欠如を懸念する」という異例の声明を発表しました。プロジェクトに関する環境評価や、入札状況などを公表するよう要求したのです。
なぜ、アメリカがわざわざこんな行動をとるのか。その理由は、建設を請(う)け負うのが「香港ニカラグア運河開発投資有限公司」という中国系企業だという点にあります。ニカラグアと中国には国交がありませんが、企業活動の体をとりつつ、実際には中国政府がプロジェクトに深く関与しているのではないか―というのが、アメリカ側の見方です(当然、中国政府は「一企業の問題」として公式には関与を否定しています)。
中国の動きにアメリカも焦り?
もう少し背景を説明しましょう。アメリカはパナマと密接な関係にあり、パナマ運河に対しても強い影響力がある。乱暴に言ってしまえば、これまでアメリカの独占的な利権だったパナマ運河の商売敵(がたき)が現れ、しかもそれが自身の“裏庭”であるラテンアメリカで近年、影響力を拡大しつつある中国だったということです。
以前も書きましたが、昨今では中国の対外投資額が、諸外国から中国への投資の合計額を超えようとしています。ラテンアメリカやアフリカ、東南アジアといった新興国へ資本や生産力、労働力を提供し、関係を深めることで国際社会におけるプレゼンスを高めるという中国の戦略は今後、ますます加速していくはずです。
ニカラグア運河への投資にしても、ぼくが知る限り、中国とニカラグアの両政府が合意した上でプロジェクトが進んでいる。中国共産党のトップを含めた指導部が相手国の首脳を説得した上で、中国企業が資本や労働力を投入していくというパターンです。
こうして見ていくと、中国・習近平(しゅうきんぺい)国家主席の経済外交スタンスには一貫性があることがわかる。環境保護の問題に関して注意深く見ていく必要はありますが、今回の件に限っていえば、声を上げたアメリカの焦りを感じます。中国の動きが気になって仕方ないのでしょう。
今後、ますます米中の経済的・地政学的な競合、牽制は続いていきます。この世紀のバトルに無関心でいられるというなら、その理由を逆に教えて!!
●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中! http://katoyoshikazu.com/china-study-group/