「秘密保護法が、裁判という舞台で徹底的に争われることで、この法律の問題点が明らかになると期待している」と語る北沢栄氏

「報道の自由」や国民の「知る権利」を侵害するという国内外の懸念を強引に押し切る形で、昨年12月に施行された「特定秘密保護法」(正式名称は「特定秘密の保護に関する法律」)。

その危険性を「小説」という形で一般の読者にもわかりやすく伝えてくれるのが、フリージャーナリスト、北沢栄氏の新刊である『小説・特定秘密保護法 追われる男』だ。

最新鋭戦闘機F35の自衛隊導入をめぐり、機密情報をスクープした記者が特定秘密保護法違反の容疑者として公安に追われる身となる…というストーリーを縦糸に政治家、公安警察、官僚、メディア、ジャーナリストなどが「追う側」と「追われる側」に分かれて熾烈(しれつ)な駆け引きを繰り広げるーー。

その過程でこの法律が抱える問題点を、実感をもって理解できるように工夫されている。

―特定秘密保護法への懸念については、すでにいろいろな本が出版されていますが、今回、北沢さんが「小説」という形を取られたのはなぜでしょう?

北沢 「特定秘密保護法」に関して論じようと思うと、どうしても難しい法律用語が出てきて、一般の人にはなかなか理解しづらいし、よほど関心のある人じゃないと読んでくれない。

そこで「誰が逮捕者第一号になるのか?」、あるいは「自分は大丈夫か?」という興味に応える形のシミュレーション小説にして、この問題を身近に感じてほしいと思ったのです。

―法案が国会で議論されていた当時は、メディアや有識者など各方面から強い反対の声が上がっていた気がするのですが、現状はどうなのでしょうか?

北沢 あれだけの批判、異論があったにもかかわらず、昨年の12月に秘密保護法が施行されて以来、この問題に関する報道が妙におとなしくなってしまったと感じています。また、この法律と直接関係がないのかもしれませんが、安倍政権に対する批判が控えられる傾向も出てきた。全体としてメディアが萎縮しているように見えますね。

行政改革や情報公開の流れに逆行する悪法

―本書を読んで、この法律が単に「報道の自由」や「知る権利」を侵すという問題だけでなく、検察による「国策捜査」のような一種、「乱用」「悪用」の危険をはらんでいるということをあらためて実感させられます。

北沢 そもそも、この法律は公安が中心となって「国民より国家の保身」的な考えに基づいて作っています。そして官僚にとって一番怖いのは「情報公開」です。だから、隠したい情報は隠せるように、破棄したい情報は破棄できるように…と、特定秘密保護法の運用基準やそこに使われる「言葉の定義」はできるだけ曖昧(あいまい)にしておくほうが彼らにとって好都合なのです。

しかも、この法律では対象となる「秘密の指定」を行政機関の長ができる仕組みで、そこには県警本部長なども含まれる。当然、警察がこの法律を恣意(しい)的に運用したり、以前問題になった「裏金疑惑」など自分たちに不都合な情報の秘匿、破棄に使ったりする危険もある。

そういう意味では行政改革や情報公開の流れに逆行する相当な悪法だと思いますね。

―その一方で「追う側」、つまり官僚や公安警察の目線から秘密保護法について考えることができたのも、この小説の魅力でした。登場人物のひとり、公安の「戸原」も非常に優秀で職務に忠実な人物として描かれています。

その優秀な戸原が捜査対象の女性に「恋心」を抱いてしまい、個人的な嫉妬が捜査方針をゆがめてしまうというストーリーは笑えましたが…。

北沢 まぁ小説だから、そういう要素も加えたほうが面白いかなと(笑)。ただし、あり得ない話じゃない。痴漢とかの軽犯罪って、警官とか教師とか普段、厳しく抑圧されている仕事の人が多かったりしますからね。

最初のターゲットはフリージャーナリスト?

―秘密保護法の施行は、ここ数年、具体的にいえば第2次安倍政権成立後に起きている日本の政治や社会の急激な変化を象徴しているという声があります。北沢さんご自身はこうした日本の急激な変化についてどのように感じていますか?

北沢 「歴史」には突然、大きな変化点、転換点が現れることがあります。僕が今の日本の状況に似ていると感じるのは戦前の1927年頃、ちょうど芥川龍之介が「ぼんやりとした不安」という言葉を残して自殺した時代です。その翌年に中国で関東軍による張作霖(ちょうさくりん)爆殺事件が起き、1931年に満州事変があって、そこからたった10年で太平洋戦争の開戦ですからね。

その間、5・15事件や2・26事件があり、1938年には悪名高い「国家総動員法」が施行されて、日本はどんどんと戦争に突き進んでゆくわけですが、それに似た変化の速さを安倍政権になってから強く感じています。

―そうした中、この小説に描かれているような秘密保護法違反の「逮捕者第一号」が近いうちに出てくるのでしょうか?

北沢 どうでしょう。ただ、せっかく「第一号」として逮捕するからには、あまり小さな案件ではなく、それなりの容疑として成り立つものを選ぶと思います。最初にターゲットとなりやすいのは大きな組織に属さない、立場の弱いフリーのジャーナリストじゃないかな?

ただし、秘密保護法違反の容疑で逮捕されても、何が「特定秘密」なのかすら「秘密」では、逮捕された本人が逮捕の理由もわからない…という、まるで笑い話のようなことだって起こり得ます。

批判が高まり、有効な武器になるはず

―この小説は主人公のジャーナリスト、今西譲が逮捕され、裁判に臨むところで終わっています。裁判の結末まで書かなかったのはなぜですか?

北沢 裁判の結末はあえて読者の皆さんのご想像にお任せします…と。実際、長い裁判になりそうだしね(笑)。

ただ、僕は今も「司法」への信頼は捨てていない。だから、秘密保護法の問題も実際に逮捕者が出て、裁判という舞台で徹底的に争われることで、この法律の問題点が明らかになると期待しています。

その時、重要なのは小説の終盤で主人公の今西がにおわせているように、法廷外でこの議論を世界に訴え「国際化」する戦術です。そうすれば、「ああ、日本というのはひどい秘密国家だ!」という批判が国外で高まり、それが有効な武器になるはず…という、僕なりの「ヒント」は示したつもりです。

(構成/川喜田 研 撮影/村上宗一郎)

●北沢栄(きたざわ・さかえ)1942年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学経済学部卒業。共同通信記者として、ニューヨーク特派員などを経て、フリーのジャーナリストに。2005年4月から08年3月まで、東北公益文科大学大学院特任教授。07年11月から08年3月まで参議院行政監視委員会で客員調査員。10年12月、「厚生労働省独立行政法人・公益法人等整理合理化委員会」座長として、報告書を取りまとめた。主な著書に、『亡国予算 闇に消えた「特別会計」』(実業之日本社)、『町工場からの宣戦布告』(産学社)などがある

■『小説・特定秘密保護法 追われる男』 産学社 1600円+税米F35 近く配備開始―。大手の朝夕新聞が1面トップで報じた、自衛隊がアメリカから導入する最新鋭戦闘機「F-35ライトニングⅡ」に関する記事。しかし、昨年施行された特定秘密保護法違反の容疑者として、記事を書いた記者は公安に追われる身となる……。防衛省の軍事機密の漏洩をめぐって、政治家、公安警察、官僚、メディア、ジャーナリストが「追う側」と「追われる側」に分かれて駆け引きを繰り広げるシミュレーションノベル