国際コラムニスト・加藤嘉一の本誌連載コラム「逆に教えて!」。今回は…。

* * * 多くの人種、民族が集まって構成されるアメリカという移民国家。その中で、潜在的に大きな影響力を持つサイレントマイノリティが「ドイツ系住民」です。

アメリカが移民大国であることは有名ですが、では全人口のうち最も多いのは、どの国にルーツを持つ人々でしょうか? 同じ英語を母語とするイングランド系やアイルランド系ではなく、中南米諸国から来たヒスパニック系でもない。実は、意外にも一番多いのはドイツ系住民なのです。

2月上旬、英『エコノミスト』誌に「ザ・サイレント・マイノリティ」という表題でドイツ系アメリカ人の特集が掲載されました。この特集によれば、アメリカの全人口の約6分の1に当たる4600万人がドイツ系で、その後にアイルランド系、イングランド系が続く。ドイツ系住民はアメリカ社会に同化しており、97%の家庭でドイツ語ではなく英語のみを使用しているといいます。

ひとつ面白いデータもあり、ドイツ系アメリカ人の年収は6万1500ドル(約746万円)で、全米平均より18%高い。つまり、成功者が多いということです。例えば、ビールが有名なバドワイザー社もドイツ系アメリカ人が創業した会社です。ドイツ系住民はアメリカ社会に少なからぬ影響力を持っているといえそうです。

興味を持ったぼくは、ワシントンの「German-American Heritage Museum」という博物館を訪れ、その歴史を見てきました。ドイツからの移民は1607年に始まり、1870年代の普仏戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦のタイミングで多くの人が海を渡った。特に第2次世界大戦の際には相当な人数のドイツ系ユダヤ人が迫害を受け、祖国を追われアメリカへ流入してきました。

考えてみれば、独裁国家や独裁者のあるところには必ず逃亡者が生まれる。それがアメリカを超大国たらしめる。以前、あるユダヤ系国際政治学者が僕に放った言葉が脳裏をよぎります。

「この世界に独裁者が生存する限り、アメリカは繁栄し続ける」

アメリカは自由民主主義という価値観に立脚した制度を構築し改良することで、彼ら、彼女らを移民として受け入れ、アメリカンパワーの一員として取り込んでいった。現在もこの流れは続いており、中国や中南米諸国から多くの移民が押し寄せています。

アメリカがドイツ本国を気にする理由

アメリカ社会では、他人のルーツを公然と尋ねるのはマナー違反ですが、だからといって彼らはルーツを忘れているわけではない。表立って口にすることはなくても二世、三世であれ、自らのルーツは常に意識しているといいます。ドイツ系であれば、現在ヨーロッパのリーダーの地位にいるドイツ本国のことを常に気にかけている、ということです。

2月上旬、ドイツのメルケル首相が訪米し、オバマ大統領と会談しました。特にウクライナ問題に関して、アメリカとドイツは立場を異にします。ドイツはエネルギーを依存しているロシアとの関係を大事にしたい。一方、アメリカはロシアに対して強硬な姿勢を崩したくない。

しかし、アメリカにとってドイツは単なるヨーロッパのリーダーではなく、自国民の6分の1の人々の“祖国”。対ドイツ外交において、この点が微妙に影響してくることもあり得ます。以前、メルケル首相の携帯電話がアメリカの情報機関に盗聴されていたという事件がありましたが、これもドイツの動きをいかに重視しているかを示しているといえます。

メルケル首相は3月上旬、来日して安倍首相と会談を行ないました。具体的にどんな会話がなされたのかは知る由もありませんが、おそらくアメリカの動きについても議論があったはずです。

“移民大国”には固有の外交事情があるということを、私たち日本人はきちんと認識しなければなりません。これを無視できる理由があるというなら、逆に教えて!!

●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。198 4年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中! http://katoyoshikazu.com/china-study-group/