人質救出作戦のカギを握るヘリコプター、UH-60ブラックホーク

安倍内閣のイケイケ路線で安全保障政策が転換し、自衛隊の役割がどんどん海外へと拡大していく。でも、“わが軍にはグローバル化する対テロ戦に対応する能力があるのだろうか?

国会では自衛隊による人質救出作戦について論議されたが、うまくいくとは限らない。“机上の空論”ならば勇ましいことも言えるだろう。しかし、現実には何がどこまでできるのか? Q&Aで検証してみよう。

Q)外国なら、どの部隊が行くのか?

A)米軍ならデルタフォースなどが行く。

イギリスならば陸軍特殊部隊のSAS。フランスならば国家憲兵隊所属のGIGN。だが、百戦錬磨の米特殊部隊でも、IS=イスラム国に捕らわれた米国人人質の救出に少なくとも2回失敗している。困難なミッションに日本人を助けるために外国が部隊を派遣することは、よほどの外交的メリットがなければあり得ない。

「1996年のペルー日本大使館人質救出作戦は、ペルー海軍の特殊部隊FOESが中心として実行しましたが、これはペルー国内での事案だったためです。統治できていない国では、自国民は自国で助けるしかありません」(軍事フォトジャーナリスト・柿谷哲也氏)

Q)自衛隊だと、どの部隊が行くのか?

A)強いて挙げれば特殊作戦群になる。

習志野にある陸自唯一の“特殊部隊”である「特殊作戦群」(特戦群)が中心となるだろう。人員約300名。米軍デルタフォースなどを手本に2004年に創設された。空挺とレンジャーの資格が要求され、全国の駐屯地から精鋭が集められている。過去にイラク復興支援などに派遣されたといわれるが、詳細は謎に包まれている。訓練も極秘で行なわれ、式典でも素顔を明かさない。

情報収集はほぼ外国頼み

Q)情報はどうやってつかむのか?

A)自前では無理。ほぼ外国頼み。

防衛省が自前で運用する情報収集衛星を使っても、1日に1回しか偵察できない。人質の監禁先やIS勢力のインテリジェンス(情報)を得るには同盟国アメリカに頼るしか手段がないのが実情だ。それも米偵察衛星や無人機だけでなく、ヒューミント(人的情報活動)からの“生きた情報”がもたらされなければ難しい。

「米軍の特殊作戦コマンドやCIAでさえ、アフガニスタン、イラクで何度も襲撃に失敗し、特殊部隊に犠牲者が出ています。情報収集のプロ中のプロでさえ、簡単なことではないのです」(前出・柿谷氏)

Q)自衛隊なら、どのような作戦か?

A)ヘリによる急襲作戦が王道だ。

高高度からの空挺降下による潜入も考えられるが、人質を奪還するためには米海軍シールズがビンラディン殺害作戦の時にやったようなヘリによる急襲作戦しかない。

「シリア、イラク国内は内戦状態で、陸自ヘリ部隊と特戦群が展開できる陸上基地はない。ヘリのメンテが可能で、100名単位の隊員が暮らせる拠点として海自艦隊を地中海に派遣するしかありません」(民間軍事会社に勤務する傭兵コントラクターA氏)

艦隊はヘリ空母とも呼ばれる「ひゅうが」型ヘリ搭載護衛艦に護衛艦「あきづき」型1隻が帯同する。特戦群を運ぶヘリは、UH-60×3機(+予備1機)、護衛のAH-64D×2機、OH-6D ×1機は艦内に格納。CH-47×2機(+予備1機)は飛行甲板に露天繋留(けいりゅう)する。

訓練では敵役の教官にガンガン殺されている?

Q)うまくいく可能性はあるのか?

A)数%しかないだろう。

特戦群を実際に取材した『SATマガジン』の浅香昌宏編集長は「米軍のあご足枕付きでないと無理だと思います。米軍ヘリで、米軍が発見した建物の前まで運んでもらって、突入だけ担当することはできると思います。単独では特戦群といえども数%しか成功の可能性はないでしょう」と、作戦遂行能力に疑問を呈する。

「人質救出はやったことないですから不安です。人質立てこもりへの対処訓練も始めていますが、隠れている敵役の教官にガンガン殺されています」(特戦群の隊員)

「実弾を撃つ練習量が足りないですよ。人質に誤射はまずいですから。それと、死ぬのは仕方ないですが、ISにだけは捕まりたくないですね。拷問の対処とか脱出は座学でしかやったことがないです」(別の隊員)

「サマワでの任務は警備でしたから、人質救出とは考え方も技術も違う。政府にやれと言われればやりますが、結果については…。全力を尽くすだけです」(陸自幹部)

任務へのプレッシャーは高まっているようだ。

Q)日本の法的・政治的には可能なのか?

A)今のままなら現実的ではない。

アメリカを始め各国政府は、人質救出を「自衛権の行使」として武力による奪還を法的に容認している。日本でも安倍政権が自衛隊による武器使用を伴う在外邦人の救出を可能にすべく、現行の自衛隊法を改正しようとしているが、軍事評論家の菊池征男氏は慎重だ。

「防衛省や陸自OBの間では、朝鮮半島や中国での有事における『邦人救出』は議論されてきましたが、ISの人質事件は別の議論です。救出作戦はしくじれば人質が殺される可能性が高いため失敗は許されない。政府の判断次第ですが、武器使用基準(ROE)なども含めて法的・政治的にもハードルが高いでしょう」

(取材・文/本誌軍事班[取材協力/世良光弘 小峯隆生] 撮影/世良光弘)