国際コラムニスト・加藤嘉一の本誌連載コラム「逆に教えて!」。今回は…。

* * *1959年の革命以来、断交状態が続いていたキューバとアメリカの国交回復が近づいています。カリブ海に浮かぶ“楽園”はどう変わるのでしょうか?

古き良き“カリブの楽園”は変わってしまう――?

アメリカとキューバが国交正常化交渉を開始して以来、そんな懸念の声が聞かれます。「米資本の参入でアメリカナイズされる前に、早くキューバに行っておくべきだ」という人もいるようです。

4月11日、アメリカのオバマ大統領とキューバのラウル・カストロ国家評議会議長が59年ぶりとなる歴史的な首脳会談を行ないました。この席でオバマ大統領は、1982年から続くテロ支援国家指定を解除するとカストロ議長に伝え、同14日、米議会へ解除に必要な文書を提出しました。

議会は45日以内に反対決議をする権利を有していますが、世論調査を見てもアメリカ国民の半分以上が国交正常化を歓迎していますし『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』など主要メディアも積極的にこの話題を取り上げ、国民の関心を促(うなが)している。反対決議の可能性は低いでしょう。

この国交正常化で、両国にどんなメリットがあるのか。わかりやすいのはキューバ側で、主に経済面で大きなプラスが期待でき、逼迫(ひっぱく)する国家財政が多少なりとも上向くでしょう。テロ支援国家指定が解除されれば、経済制裁の一部が撤廃されますし、アメリカをはじめ西側諸国からの観光客や投資も増えると予想されます。

一方、アメリカ側の狙いは、「外交ベタのオバマ大統領が歴史に名を残す一手」だとか「次期大統領選でヒスパニック票を確保したい民主党の思惑」などいろいろいわれています。もちろんそういった側面もあるでしょうが、一番の目的は「勢力範囲を広げること」だとぼくは見ています。

アメリカに来てから常々感じることですが、アメリカの人々は自らが信奉する自由や民主主義といった制度・価値観が広まれば、世界はより繁栄し、平和になると信じて疑わない。そんな世界をつくるための“前提”は、自らの勢力範囲を広げることです。近年はベネズエラやボリビアなどラテンアメリカ諸国が反米色を鮮明にし、豊富な資金力を背景にインフラ投資を行なう中国の影響力も強まっている。そのため、ラテンアメリカ諸国の“ビッグ・ブラザー”であるキューバをきちんと押さえ、影響力を浸透させたいというのがアメリカの狙いなのです。

中国の反応は?

ワシントンの中国大使館の幹部に今回の国交正常化交渉について聞いてみたところ、「中国は何もできない。見守るだけだ」と話し、特に反対の意思は感じられませんでした。中国と同じ社会主義国のキューバが、アメリカといつまでも敵対関係にあることは経済面で相互依存する米中関係にとってもリスクだということでしょう。中国は内心、両国の国交正常化交渉を歓迎しているはずです。

そして、冒頭で述べたキューバ社会の変化についてですが、ぼくが昨年キューバを訪れたときの感触では、それほど心配する必要はないと思います。当時、あるキューバの官僚は「われわれは中国のようになりたくない。伝統を忘れ、物理的欲求のみを追求したくはない」と言っていました。

グローバル化の波はキューバにも徐々に押し寄せてはいますが、インフラやソフトはまだ“アメリカ基準”とは程遠い。アメックスのクレジットカードは使えず、Wi-Fiもなく、アメリカン・ハンバーガーもない。何より、平和に暮らす国民たちのマインドを見る限り、いくら自由化が進めど、キューバが社会主義国家としての姿勢を崩すことは考えにくい。米資本の浸透もそう簡単に進まないのではないかと思います。

国家間の関係はトップ同士の交渉で決まりますが、社会には伝統・文化があり、国民性が反映されている。それでも「キューバは急激に変貌する」というのなら、その理由を逆に教えて!!

●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU)日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中!http://katoyoshikazu.com/china-study-group/