国際コラムニスト・加藤嘉一の本誌連載コラム「逆に教えて!」。今回は…。
* * * その独特な地政学的特徴から国際政治のあらゆる火種に巻き込まれるトルコ。日本では到底考えられない“日常”がそこにはありました。
先日、所用がありトルコ共和国へ行ってきました。
この国はアジアと欧州の境目に位置し、「中東諸国」の一員でもあり、アフリカにも近接…と、複雑に入り組んだ場所にある。最近、アメリカのメディアで大きく取り上げられる国際ニュースにイラン情勢、ISIS(イスラム国)問題、ウクライナ情勢がありますが、トルコはイラン、シリア、イラクと国境を接しており、北に広がる黒海の対岸はウクライナのクリミア半島です。
さらに、今年4月にはオスマン帝国(トルコ共和国の前身)による100年前のアルメニア人虐殺に関する議論が紛糾し、EUや周辺国との間で歴史認識問題も発生。あらゆる“火種”と無関係ではいられない地政学的・外交的運命にさらされています。
ぼくがトルコを訪れたのは2010年以来でしたが、当時と比べて空港などのセキュリティはあからさまに厳しくなっていました。特にアメリカへ帰国する便に乗る際には、トルコ滞在中に誰と会い、どんな話をしたのかまで係員に詳しく聞かれました。
首都アンカラでは、至る所でシリア難民の女性や子供が地べたに座り込み、物乞いをしていました。ほとんどがISISやアサド政権の圧政など内戦の危機に追われ国境を越えてきた人々です。
ISISの構成員が街角で銃を携帯し、モスクの中で市民を勧誘する光景には衝撃を受けました。住民いわく、これは日常的なこと。勧誘を受けて参加を決意し、命がけでISISへ合流した人も少なくないといいます。自分の半径10m以内にISISの人間がいる―ーこの現実にぼくは戦慄(せんりつ)せずにはいられなかった。
ブルガリア、ギリシャと国境を接するエディルネという街にも行ったのですが、国境付近は緊張感に包まれていました。この地域では、先に述べたシリア難民が仕事と普通の生活を求め、国境を“突破”して欧州へ向かうケースが続出しており、EU諸国の間ではトルコ経由のシリア難民問題が物議を醸(かも)している。EU加盟を悲願とするトルコ側でも、物々しい雰囲気が漂っていました。
大統領は安倍首相をお気に入り?
トルコのリーダーは、11年間にわたり首相を務め、昨年8月に同国初の直接投票の大統領選挙に勝利したエルドアン大統領。ぼくが議論をした現地の有識者は「エルドアンは中国の習近平(しゅうきんぺい)国家主席に似て、独裁的だ」と言います。貧困層が喜ぶポピュリスティックな政策を推し進め、“お友達”で側近を固め、インターネットを遮断するなど言論を弾圧する…。
エルドアン大統領には、かつて栄華を極めた「オスマン帝国」の復活という野望がある。1923年の共和国建設以来、政教分離を国是としてきたトルコを再び“イスラム化”して強い国をつくろうと奔走しています。
地政学的に複雑な状況にあるトルコですが、資源や食料が豊富で人口も多く、高い潜在力を秘めていることは間違いない。親日国家として日本とは古くから密な関係にある一方、中国もトルコ市場を狙ってあらゆるロビー活動を行なっており、特に鉄道や原発の受注をめぐっては日中が激しく火花を散らしています。
似たような日中の対決は東南アジアなどでもしばしば展開されていますが、今回ぼくが現地視察を通じて感じたのは「イチかゼロか」の受注合戦はもうやめたほうがいいということ。日中が互いの長所を生かし、トルコの潜在力を発揮させるような共同プロジェクトを立ち上げることはできないのでしょうか。
エルドアン大統領はお気に入りの外国首脳に安倍首相の名前を挙げています。今なら首脳同士の対話を通じて、トルコの発展に建設的な貢献ができるでしょう。この関係性を生かさない手があるというなら、その理由を逆に教えて!!
●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中! http://katoyoshikazu.com/china-study-group/