平凡な青年を一人前の兵士に育て上げるための“新兵訓練”。一般人には想像もつかないほどハードな訓練を課せられ、身も心も鍛えられる。

日本では理不尽な社員教育で身も心もズタボロになるブラック企業なんてのも深刻だが、やはり国を背負う軍隊ともなると鍛え方が尋常じゃない。

「戦場には理不尽がつきもの。最後に必要なのは理不尽に勝つガッツだ」

これは、軍隊でよく言われる常套句(じょうとうく)だ(ブラック企業でも「営業はガッツだ!」とか言いそうだが…)。そのため訓練でもあらゆる理不尽が新兵たちに襲いかかる。

フランス外人部隊の落下傘部隊で伍長を務めた反町五里(そりまちごり)氏も新兵に対する上官のあまりに理不尽なシゴキをこう振り返る。

「筋トレや便所掃除などの定番に始まり、徹夜でフランス語の反省文を模写、酒を強引に飲まされてゲロを吐きながらほふく前進、夜中に知らない山中に放り出され、地図を片手に野営地まで帰るといったシゴキがあります。

変わったところでは野営の際に深夜、大きい石をひたすら探してきて巨大なピラミッドを造らされるという伝統があります。もちろん意味はありませんが、上官の命令は絶対。新兵はこうした仕打ちを毎日毎日受け続け、少しずつ精神を蝕(むしば)まれながら鍛えられていきます。

ただ、上官は決して鬼畜生ではなく実戦になると仲間思いの人間ばかりです。彼らは厳しいシゴキの中で新兵が戦場で信頼できる本当の“仲間”になり得るかどうかを見ているんです」

こうした一見、無意味な訓練はもちろん外人部隊の専売特許ではない。例えば、イギリス陸軍特殊空挺部隊「SAS」では野外ナビゲーション訓練の際、わざと狂ったコンパスを渡すことで混乱させたり、候補生にガソリンをかけて焚き火の近くに縛りつけ、強烈なストレスを体験させることがあるという。

極めつきは南アフリカ軍特殊戦旅団「スペシャル・フォース・ブリゲード」のジャングル・サバイバルと呼ばれる選抜訓練だ。軍事評論家の水上良輝(みずかみよしき)氏が解説する。

「候補者は戦闘糧食半日分、コンデンスミルク1缶、ビスケット12枚だけを渡されてジャングルに放り出されますが、ビスケット12枚のうち8枚にはなんとガソリンがかかっている。そして、なんとか5日間を生き延びて集合地点にたどり着くと教官から「伝達の間違いだった。正しいゴールは30キロ先だ」と伝えられるのです。

ただし、ここで怒ったりヤル気を失った候補者は失格。すべての感情を抑え、寡黙に30キロを歩き通した者が合格となります。戦場には“決められたゴール”はない、というのがその理由です」

ブラックとかの次元じゃない北朝鮮人民軍

そして、トリを飾るのはやっぱり北朝鮮人民軍の特殊部隊。元防衛庁情報工作官の柳内伸作(やないしんさく)氏はこう語る。

「彼らの訓練は基本的にゲリラ養成を目的としていますが、その内容はあまりに独特。例えば、番犬と警戒兵が守る食料庫から米俵を盗み、数十キロ先まで逃走する。あるいは、埋葬されたばかりの死体を掘り返して持ち帰るという訓練もあります」

ここまでくるとブラックとかそういう次元じゃなく、ただの泥棒? 敵地潜入後の食料調達や味方が死んだ際の証拠隠滅を練習しているのかもしれないが…。

さらに、人権団体が聞いたら卒倒しそうな訓練も日常的に行なわれている。

「彼らは捕虜になるくらいなら死を選ぶという方針が徹底されており、自殺を恐れない精神状態を常につくっている。食事の前には『潔く自決して革命を成功させよう!』と全員が叫ぶそうです。実際、円陣を組んで全員が同時に手榴弾のピンを抜くとか、一斉に横の仲間を射殺するとか、ひとりが全員を射殺した後、自分も自殺するなどの“模擬集団自決”も行なわれています」(前出・水上氏)

しかも北朝鮮の場合、軍から逃げ出したらそれはそれで死刑になる。日本ではブラック企業が問題視されているが、それもだいぶマシに思えてくるような…え、それとこれとは話が別? やっぱりそうですか…。

(取材・文/本誌軍事班[協力/世良光弘、小峯隆生])