国際コラムニスト・加藤嘉一の本誌連載コラム「逆に教えて!」。今回は…。
* * * 4月26日から約1週間、安倍首相がアメリカを公式訪問しました。その動向を注視していた中国は一体、どう分析しているのでしょうか。
4月末から約1週間の日程で訪米した安倍首相を米当局は最高級の待遇でもてなしました。
米国務省の関係者によれば、準備で一番力を入れたのは安倍首相の性格分析だそうです。結論は「血筋の良い人間ならではのプライドを満足させるべき」というもの。オバマ大統領は安倍首相を「シンゾウ」と呼び、リンカーン・メモリアルでの日米首脳ふたりきりのウオーキング、ケリー国務長官私邸でのディナー、日本の首相として初の上下両院合同会議での演説…。アメリカが他国の首脳にこれだけの時間と待遇を与えるのはまれなことです。
それが実際にどこまで影響したかはわかりませんが、今回の訪米では日本側がアメリカ側の要求を全面的にのんだ形となりました。
その典型が、日米4閣僚による「2プラス2」(日米安全保障協議委員会)で決定された防衛協力ガイドラインの18年ぶりの改定。これによってアメリカが失うものは何もありません。
一方、安倍政権は関連法整備や野党・世論対策、沖縄の基地問題など日米同盟強化に関する国内問題を解決しなければなりません。これらの問題に足を取られ、結果的にアメリカとの約束をほごにするようなことになれば、日米同盟は逆に揺らぎかねない。オバマ大統領からも「シンゾウ、約束が違うぞ」と突っ込まれることでしょう。
また、当事者2ヵ国以外で今回の訪米を最も綿密にウオッチしていたのは中国でしょう。特に重視したのは以下の3点のようです。
【1】歴史問題 米議会での演説で安倍首相は歴史問題にも言及しましたが、中国政府は韓国のようなあからさまな抗議を行ないませんでした。中国の関心は今年8月15日、70回目の終戦記念日に安倍首相が発表する談話の内容に集中しています。
中国政府関係者によれば、ポイントとなるのは植民地支配と侵略についてわびた20年前の「村山談話」。これを安倍首相が一字一句再現するとまではいかなくとも「村山談話を引き継ぐ」と明言するかどうか? そこが中国にとってのボトムラインでしょう。
9月の習主席訪米に注目!
【2】日米安保 中国の台頭を念頭にガイドラインが改定されたことは、尖閣(せんかく)問題や南シナ海問題で攻勢を強める中国にとっては警戒すべきことのはずです。しかし、ある中国の学者は次のように述べていました。
「日米同盟の強化は悪い話ではない。われわれ中国とすれば、アメリカによる封じ込めよりも日本の暴走のほうが怖いからね」
アメリカが日本を“管理”してくれているほうが、中国にとっては都合がいいという立場です。
【3】安倍首相の待遇 ただし、中国が一番気にしたのは歴史問題でも日米安保でもない。安倍首相に対する「待遇」です。
というのも、今年9月には習近平国家主席の訪米が予定されています。“面子(メンツ)国家”の中国にとって、もし習主席と安倍首相の待遇にあまりにも差があれば、面子を潰(つぶ)されてしまうことになる。首相本人のみならず、昭恵夫人が何をしたかまで徹底分析し、習主席の訪米に備えるそうです。もちろん、アメリカの同盟国である日本と中国は立場が異なりますが、9月に習主席にどんな待遇が用意されるかという点は見どころです。
ともあれ、習主席の訪米が9月に組まれていることには中国の外交の妙を感じます。8月の安倍談話に加え、その頃にはTPPも何か動きが見えているはず。9月3日に中国が行なう「抗日戦争勝利記念日」の軍事パレードや式典も終わった後なので、あらゆる状況を加味して外交戦略を実践できるタイミングです。日本の対外戦略をも左右し得る、重要なこの外交イベントを無視できるというなら、その理由を逆に教えて!!
●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中! http://katoyoshikazu.com/china-study-group/