国際コラムニスト・加藤嘉一の本誌連載コラム「逆に教えて!」。今回は…。

* * *最高指導者となってから3年半が経過した今も、国際舞台に姿を現さない北朝鮮・金正恩(キムジョンウン)第一書記。その動向を中国はどう見ているのでしょうか?

第2次世界大戦の終結から70年の節目となる今年は、各国で様々な催しが開かれます。5月9日にはロシアで「戦勝70周年記念式典」が行なわれましたが、ここには当初、北朝鮮の金正恩第一書記が参加する予定だと“噂”されていました。

実現すれば、2011年12月に父の金正日(キムジョンイル)総書記が死去し、3代目の最高指導者となって以来、初の公式外遊となるはずでした。実際、2月上旬に、ある中国政府関係者はモスクワで非公式な「中朝首脳会談」が行なわれる予定だとぼくに語っていました。

しかし、結果は周知の通りで、北朝鮮は4月末に金第一書記の不参加を表明。国際社会へのデビューは持ち越しとなりました。理由についてはいろいろと臆測が飛んでいますが、北朝鮮と国境を接する中国・吉林(きつりん)省の政府系シンクタンクの中朝関係専門家は次のような観測を述べています。

「一対一の首脳会談ならまだしも、今回の式典はロシアのプーチン大統領や中国の習近平(しゅうきんぺい)国家主席をはじめ、百戦錬磨の各国首脳が一堂に会する“マルチな場”。国際機関の関係者も集まるため、人権問題や核問題で北朝鮮が非難される可能性も高い。不確定要素が多く、経験不足の3代目がデビューする環境としては適さなかった」

「ロシアと北朝鮮との間で、経済援助や軍事関連の交渉がなかなか進展せず、不満を示す意味で参加を拒否した」

理由はひとつではなく、複合的な事情を勘案し「まだ早い」という結論に達したのでしょう。

また、一部報道ではドタキャンという言葉も使われましたが、それはあまり正確な表現ではないとぼくは考えます。

例えば、09年に2回目の核実験を強行した際、北朝鮮当局から中国に事前通告が入ったのは実験のわずか20分前でした。一方、今回は約10日前に金第一書記の不参加をロシア側に伝え、代わりに労働党内序列2位で、対外的には国家元首の役割も果たす立場にある金永南(キムヨンナム)・最高人民会議常任委員長を出席させた。北朝鮮はむしろ、国際社会からの孤立を恐れ、彼らなりにできる限りの手を尽くしたと見るべきでしょう。

“デビュー戦”の候補は?

ともあれ、これで金第一書記の最初の訪問国が中国になる可能性が高くなりました。

中国国内では、今回の北朝鮮の動き―金第一書記の不参加のみならず、代わりに出席した金永南氏が韓国の尹相現(ユンサンヒョン)・大統領特使と接触したことなども詳細に報道されました。実際、中国メディアは10年前では考えられないほど北朝鮮に関する話題を取り上げるようになっています。

ただし国家レベルで見れば、中国共産党にとって北朝鮮はもはや“普通の存在”でしかなくなっている。習近平国家主席も特別扱いするつもりはなく、仮に北朝鮮側が中国の要求、すなわち核廃棄という方向に向けた努力をしないのであれば、躊躇(ちゅうちょ)なく「ノー」を叩きつけるでしょう。

金第一書記の“デビュー戦”の次なる候補は、中国の「抗日戦争勝利記念日」である9月3日に北京で行なわれる軍事パレードですが、ワシントンに駐在する中国政府関係者はこう言います。

「我々は大国だ。北朝鮮に対する焦りはない。もし初の外遊がロシアだったとしても、それくらいでは中国の国益や面子(メンツ)は潰(つぶ)れない。9月3日に金第一書記が来ても来なくてもかまわない」

中国のみならず、ロシアもアメリカも現在の北朝鮮に対する評価は「読めない」のひと言。常に“暴発”のリスクを抱えている点に留意しつつ、期待せず、幻想を抱かず、情報を淡々と分析するという姿勢のようです。そんな中、北朝鮮の一挙手一投足に過剰反応することで何かメリットが生まれるというなら、逆に教えて!!

●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU)日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。19 84年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中!http://katoyoshikazu.com/china-study-group/