国連PKOの幹部として東ティモール暫定政府の知事を務めた後、アフリカのシエラレオネ、日本政府特別代表としてアフガニスタンで武装解除を指揮するなど国際紛争の最前線で「戦争の現実」と正面から向き合ってきた伊勢崎賢治氏。
東京外語大教授として「平和構築学」の教鞭を執る傍(かたわ)ら、頻繁(ひんぱん)に世界を飛び回り、体を張って「戦争」と「平和」の問題に取り組んでいる。
そんな伊勢崎氏が、福島原発事故の被災者でもある福島県立福島高校の2年生を相手に5日間の講義を行ない、『本当の戦争の話をしよう 世界の「対立」を仕切る』にまとめた。両者の対話を通じて、きれい事では済まされない国際紛争の現実や、世界の変化にいや応なしにのみ込まれてゆく「日本人と戦争」のこれからが浮かび上がる。伊勢崎氏に聞いた。
―高校生、それも原発事故の被災者でもある福島の高校生に講義をすることが決まった時はどんな気持ちでしたか?
伊勢崎 相手は高校生。僕が普段教えている大学生と違って、まだ「子供」です。僕が大人として話す以上、その中身には責任を持たなきゃいけないわけですから、そりゃあ緊張しましたよ。そもそも子供というのは世の中の汚い現実を「知らなくてもいい」と、許されている存在です。僕は、大学生の息子にだって自分が見てきた戦争の現実を話そうとは思いません。自分の子供にも話さないようなことを、さらに下の年齢の子供たち相手に話すわけですからね。
―実際に福島の高校生たちと接してみていかがでしたか?
伊勢崎 彼らは原発事故の被害者、一種の紛争当事者というアイデンティティがあるので、やはり世の中で起こっていることに対しての問題意識は高い。あれだけの経験をして、日本政府や日本社会の対応を全部見ているわけですからね。
結局、これまで大学の授業でも決して話さなかった個人的な経験から、今、大学院で教えている高度な研究内容まで自分のすべてを高校生たちの前で出しました。自分の仕事が丸裸な形でこの一冊に網羅されていると思います。
日本はずっと前から違憲行為を繰り返している
―高校生たちとの対話の中では、国連PKOの現実や集団的自衛権の問題、憲法9条、テロリズムや核の問題など今まさに日本が直面しているテーマが語られています。
伊勢崎 戦後長い間、日本はアメリカという大きな存在に守られ育まれてきました。そのため、日本の外で起こっている戦争のこと、アメリカを中心とした国際社会がその戦争に対してどう対応し、変化しているかに無関心のまま過ごしてきた。今まさに、そういう日本人の意識と現実とのギャップが表面化しているんだと思います。
でもそうした状況に直面したのは、我々日本人全員の責任です。多くの人が、安倍首相が集団的自衛権の行使を可能にしようとしているのを「違憲だ」と言うけれど、それを言うなら日本はずっと前から違憲行為を繰り返している。小泉政権下での自衛隊イラク派遣は違憲だし、民主党政権下で海賊対策としてソマリア沖に自衛隊を派遣したのは、大義も何もない最悪の違憲行為だった。
僕はむしろ、それを見過ごしてきたリベラル側の「思考停止状態」のほうが罪深いと思っています。その意味では安倍首相の出現に感謝している。ずっとごまかされてきた議論が「見える化」されましたからね。堂々とケンカをすればいい。
―つい最近、アフリカのコンゴで国連PKO活動の最前線を視察されたそうですね?
伊勢崎 日本人にとって国連の平和維持活動、いわゆるPKOへの参加というのは自衛隊の海外派兵に国民がアレルギーを起こさないための免疫づくりみたいな感じがありますよね。本来、国連PKOというのは戦争するためではなく「平和維持」が目的です。戦闘しないという前提ですから国際法的にも「文民」の扱いです。
ただし、仮に現地の武装勢力が発砲してきて、国連平和維持軍が応戦したその瞬間、平和維持軍は国際法上の「紛争当事者」に変わってしまう。
―文民ではなく、戦争している当事者だから敵にとっては「殺してもいい相手」ということになると?
伊勢崎 その通りです。でも、これまで自衛隊はその議論をあえて無視する形でごまかしながら、海外派遣を強いられてきた。苦労するのは自衛隊だけです。
そんな中、国連PKO活動が大きく変質しています。先日、視察してきたコンゴ民主共和国でのPKOは「介入旅団」といって、最初から「国内で悪さをする武装勢力を殲滅(せんめつ)する」という戦闘目的で送り込まれている。彼らは初めから「紛争当事者」なんです。
安倍首相が出現した今、日本人が葛藤するいいチャンス
―なぜ、国連PKOがそこまで踏み込まなければならなくなったのですか?
伊勢崎 「人道的」な理由からです。アフリカのルワンダ内戦では「紛争当事者」になることを避けた国連PKOが撤退を余儀なくされました。その結果、100万人もの人たちが犠牲になったのです。その反省からコンゴでは住民の保護という目的の下、重武装の国連PKOが40もある地元の武装勢力と戦うために現地に送り込まれている。国連のオペレーションが明らかに新たな段階に突入しているわけです。
国連のオペレーションにもこれほどの変化が起こっている中で、日本がアメリカの戦争に関わるなんてことになれば、想定される状況はさらに複雑化していくでしょう。安倍首相は「絶対に武力行使は行なわない」などと言いますが、それで自衛隊を海外派兵することなんてとてもじゃないけどできっこない。
―近頃、安保法制の審議など安全保障に関する議論が一気に持ち上がり、多くの人は「戸惑っている」ようにも見えます。
伊勢崎 我々は「自由」が欲しいけれど、一方で「安全」も欲しいですよね? でも、その「安全」は国家に委ねざるを得ない部分もある。自由を求めすぎれば「安全」が損なわれるし、「安全」を求めすぎれば「自由」が失われる。「自由」と「安全」の間には葛藤があって、その関係性は常に揺れ動いている。
安倍首相が出現した今は、日本人がこの問題で葛藤するいいチャンスです。僕が出会った福島の高校生たちのように我々は現実に正面から向き合い、自分の頭で考えることができるのか? 試されているのは日本人なんです。
(インタビュー・文/川喜田 研 撮影/有高唯之)
●伊勢崎賢治(いせざき・けんじ) 1957年生まれ、東京都出身。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。インド留学中、スラム住民の居住権獲得運動を組織。その後、国際NGOに在籍し、アフリカで開発援助に携わる。国連PKO幹部として、シエラレオネ、アフガニスタンで武装解除を指揮する。東京外国語大学教授。アフガニスタンでトランペットを始め、定期的にジャズライブを開催している。近著に『日本人は人を殺しに行くのか 戦場からの集団的自衛権入門』など
■『本当の戦争の話をしよう 世界の「対立」を仕切る』 (朝日出版社 1700円+税) 自称“紛争屋”の著者が、原発事故の被災者でもある福島県立福島高等学校の生徒に、5日間延べ20時間に及ぶ講義を行ない、まとめたのが本書。講義の内容は、日本の平和、テロリストの人権、9条と自衛隊、集団的自衛権など多岐にわたる。国際紛争という非日常の現場を仕切ってきた伊勢﨑氏と、原発事故という非日常のなかにいる生徒たちは、単なる知識・情報の伝達を超えて、現在の日本が直面する諸問題をどう共有したのか?