安倍政権の閣議決定の乱用ぶりが目に余る。

渦中の安保法案に限らず、原発問題に、消えた年金問題もそう。時間と手間のかかりそうな議論、都合の悪くなりそうな議論は避け、身内だけでさっさと決めて(閣議決定)、押し通してしまう。

そもそも閣議決定とは国政の重要案件について、閣議で全閣僚が一致して内閣の方針を示す手続きのこと。行政の最高意思決定と呼んでもよい。

閣議決定そのものは内閣に与えられた職務権限のひとつだ。どんな内閣だろうと、自由に行なって構わない。でも、安倍政権の閣議決定にはどこかゴーマン臭の漂うものが目につくのだ。全国紙の政治部記者がこう疑問を口にする。

「その典型が昨年7月、憲法解釈を変更し、集団的自衛権行使の道を開いた閣議決定です。どう考えても、一内閣の決定によって、交戦権など憲法が認めていない行為が可能となるのはおかしい。ランクづけをするなら、最高規範の憲法が最上位。次が国会の法律。内閣の閣議決定はその下位です。なのに、憲法も国会も関係ないとばかりに、やりたい政策を閣議決定しては既成事実化しようとしている。危なっかしいやり方です」

確かに、安倍政権の閣議決定をチェックしてみると、熟議が必要と思われる案件でも、しれっと閣議決定し、いつの間にか既成事実になっているというケースが目につく。本誌連載でもおなじみ、元キャリア官僚の古賀茂明氏もこう違和感を表明する。

「特にひどかったのが、『防衛装備移転三原則』の閣議決定です。国会でもほとんど論戦がないまま、なし崩し的に戦後、日本が固く禁じてきた武器輸出ができるようになってしまった。本来なら何回かの国会をまたいで国民的論議を尽くして、やっと実現するかしないかの大きな政策変更ですよ。場合によっては国会の審議がストップしてもおかしくない。それを安倍政権はほぼ無風で押し通してしまった。議会制民主主義が機能していないという印象ですね」

しかも、安倍政権の閣議決定の振り回しぶりはこれだけでない。この2ヵ月の間に問題がありすぎる閣議決定をさらにふたつ行っている。ひとつは消えた年金記録の審査委員会廃止。もうひとつは「核のゴミ」処分場選定の新方針だ。

厚生労働省に任せたら正確な審査はできないと、総務省傘下に年金記録を審査する第三者委員会が設置されたのは、第1次安倍政権時の2007年6月のこと。当時、安倍首相は「最後のひとりまで記録をチェックし、年金を支払う」と豪語したものだった。しかし、まだ約2千万件以上の記録が未解明なのに審査委員会は今年6月で廃止。残務は古巣の厚労省に引き継がれることになった。

驕れる首相には罪悪感もなし?

本来なら、この廃止決定は「首相の公約違反」として、国会で責任追及されてしかるべきだ。しかし、閣議決定のマジックで首相はその責めから逃れようとしているように見える。

「核のゴミ」処分に関する閣議決定もひどい。前出の古賀氏が指摘する。

「これまで原発から出る高レベルの放射性廃棄物の最終処分場の選定は、地方自治体の受け入れ表明を待つ応募方式でした。それを『政府が有望地を指定する』方式に変えてしまった。この上から目線も問題ですが、もっと問題なのは、処分場の場所を国が決めることによって、その建設・運営のコストを税金で負担することになるという点なんです。

本当なら、処分コストは原発を所有する電力会社が負担すべきです。国会で論戦すると、政府指定方式だと国民負担が増えることがバレるので、閣議決定で静かにひっそりと決めたのでしょう」

憲法違反に公約破り、そして新たな国民負担――。そんな不都合を閣議決定で押し通す安倍政権を政治評論家の浅川博忠氏がこう叱る。

「驕(おご)りが目につきます。国会で多数を持ち、党内にライバルもいないので、自分の好きな法案を通せる。そこで、まずは閣議決定で既成事実化し、あとは国会に持ち込み、短期決戦で法案を仕上げようと強気になっているのです。熟議のないまま、国政上の重要案件がどんどん決まることに首相が罪悪感を感じる様子もない。困ったことです」

前出の古賀氏も続ける。

「閣議決定で押し切る安倍政権の手法は間違っています。国会でしっかり論議すれば、異論や反論などが交わされ、法案に対する国民の理解が深まります。民主主義にはそのプロセスが不可欠なんです。なのに、安倍首相はそれをしたがらない。できるだけ論戦を避け、国民に自分の政策の問題点などを知らせまいとするその体質は問題です」

一強(自民)他弱(野党)の状況にあって、時間と手間のかかりそうな議論、都合の悪くなりそうな議論を簡単に避けられる閣議決定は、まさに“麻薬”。とはいえ、あまりにも不誠実ではないだろうか。

(取材・文/姜 誠)