国際コラムニスト・加藤嘉一の本誌連載コラム「逆に教えて!」。今回は…。

*** 安保法案の審議が紛糾する日本にとっても、人ごとではない南シナ海問題。この海域をめぐって、米中両国の牽制が急速に激しくなっています。

南シナ海問題をめぐる中国とアメリカの対立が緊張を増しています。南シナ海では、中国を含む沿岸各国が島などの領有権を主張していますが、数年前から中国が一部の浅瀬を埋め立て、“人工島”を造成するなどして領有を既成事実化しようとしています。

事態が急展開したのは今年5月20日。米軍が偵察機を南シナ海上空に飛ばし、同乗していたCNNのクルーに埋め立て作業の様子を撮影させたのです。この行動に対して中国海軍は8度の警告を発し、中国外交部の報道官も「我々は強い不満を表明する。国際法を順守し、挑発的な行動を控えるようアメリカに求める」と強い抗議を表明しました。

不可解なのは、なぜアメリカがわざわざこのタイミングで行動を起こしたかです。

その直前の5月16、17日、ジョン・ケリー米国務長官が中国を訪問し、習近平(しゅうきんぺい)国家主席、李克強(りこくきょう)首相、王毅(おうき)外交部長らと会談をしました。その席で「南シナ海に関して立場の違いはあるが、誤解や誤判断がないようにしよう」という話が出たばかりだったのです。

アメリカの“当局”が軍機を電撃的に飛ばした事実は、ケリー訪中という外交アジェンダと矛盾しているように映る。日本のある防衛省幹部も、今回の米軍の行動を「雑だ」と評していました。

なぜ、このタイミングだったのか? その理由を推測すると、ふたつの仮説が浮かびます。

【1】アメリカの対外政策決定プロセスが瓦解している。例えば、スーザン・ライス国家安全保障問題担当大統領補佐官が機能していない、ペンタゴン(米国防総省)の影響力が異常に強まっているなど内政的な理由で混乱が起きた。

【2】アメリカが9月の習国家主席の訪米というイベントを利用している。今の中国は、訪米に際する習主席への好待遇など様々な“お願い”をする立場にあり、アメリカに対して強く出られない。だからこそ、このタイミングで戦略的に圧力をかけている。

どちらかといえば、ぼくは【2】に信憑(しんぴょう)性を感じますが、他にも日本の政府関係者から面白い分析を聞きました。中国軍事戦略研究の専門家で米国防総省顧問のマイケル・ピルズベリー氏が今年2月に出版した『The Hundred-YearMarathon:China’s Secret Strategy to Replace AmericaAs the Global Superpower』という本が、ひとつのカギを握っているというのです。

“中国脅威論”への転向が行動のきっかけ

レーガン政権で国防次官補佐を務めるなど長年、アメリカの対中安全保障政策&インテリジェンスに影響力を行使してきたピルズベリー氏は、これまで「中国はアメリカの世界的地位に挑戦しない」と主張していました。ところが、今回の本では「中華人民共和国建国100周年の2049年に、軍事力も含めたすべての面でアメリカを超えようとしている」と従来のスタンスを変えているのです(解釈はどうあれ、習主席が2049年に中国を富強、民主、文明、和諧的な社会主義現代化国家に発展させるという目標を掲げているのは事実です)。

前出の政府関係者は、ピルズベリー氏の“中国脅威論”への転向が南シナ海におけるアメリカの「雑」にすら映る行動のきっかけになったと分析します。さもなければ、これほど急なシフトチェンジは説明できない、と。

ともあれ、中国政府も「なぜ、このタイミングで?」と困惑しているようで、ワシントンでも政府・解放軍関係者らが情報収集に奔走しています。共産党機関紙特派員を通して、ぼくのところにもヒアリングに来たほどです。

米中間のインテリジェンスが錯綜する南シナ海。アメリカの同盟国であり安保法案に揺れる日本が、この問題に無関心でいられる理由があるなら、逆に教えて!!

●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中!