集団的自衛権行使の根拠となる、安保法案をなんとしても成立させたい安倍政権。多くの批判を浴びながらも突き進んでいるが、それはなぜか?

今年の4月29日に日本の首相として初めてアメリカの連邦議会上下両院合同会議で行なった演説に、その理由はある。安部首相はこの時はっきりと、「戦後世界の平和と安全はアメリカのリーダーシップなくしてありえませんでした」と言い、それに日本が協力するための「安保法制の充実」を「この夏までに成就させます」と断言したのだ。

日本の安全保障を論じる際に、まず念頭に置かれるのは中国の脅威だ。そこで安部首相はこう考えたわけだ。アメリカとの約束を守れば、中国との間で何かあった時、きっとアメリカが日本を守ってくれる――。この“信心”こそが安倍政権が安保法案成立に突き進む最大のよりどころになっている。

しかし頼りのアメリカでは今、中国脅威論どころか「反・中国脅威論」とでもいうべき論文が注目を集め始めている。

アメリカの外交・軍事専門誌『ザ・ナショナル・インタレスト』(今年4月発売号)に、ある論文が掲載された。“ネオコン(新保守主義)のゴッドファザー”と呼ばれたアーヴィング・クリストルが1985年に創刊し、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官が名誉会長を務める名門保守雑誌だ。

論文のタイトルは「中国が軍備を大増強する真の理由」。要点は以下の通りだ。

<1842年のアヘン戦争終結以降、1949年に中華人民共和国が樹立されるまで、中国は欧米列強や日本に支配されるという屈辱の時代を送った。そのため「二度と外国の支配を受けない」ことが漢民族にとっての一大目標となり、軍事力の強化に努めてきた。しかし、まだアメリカの圧倒的な力には及ばない。そこで中国は、勝てなくてもギリギリ負けない「A2/AD」(接近阻止・領域拒否)という軍事戦略を生み出した>

「反・中国脅威論」が掲載された理由とは?

特に目新しいことは書かれていないように思えるが、この論文が掲載されたことには大きな意味があると国際ジャーナリストの河合洋一郎氏は推測する。

「『ザ・ナショナル・インタレスト』は隔月誌で、この論文が掲載される直前の号(今年2月発売)には『目覚めよ、アメリカ:中国の脅威は本物だ』という記事が載っていました。内容は題名の通りで、ネオコンをはじめとするアメリカの対中強硬派の標準的な論調。この雑誌はそういった保守論壇をベースにしていますからね。

ところが今回の論文は、この中国脅威論に対する反論になっている。中国を『外国に蹂躙(じゅうりん)され続けてきた弱者』と位置づけているわけです。長い間いじめられてきた中国が、二度と同じ目に遭うまいと、いじめっ子たちを家に近づけないように頑張っている、といった感じでしょうか。

一方で、尖閣や南シナ海、あるいはチベットなどで中国が見せてきた攻撃性は完全に無視されています」

では、なぜこの「反・中国脅威論」が掲載されたのか? 河合氏が続ける。

「中国がアメリカで政治家や専門家、ジャーナリストなどを取り込む活動を活発に繰り広げていることはよく知られています。注目すべきは、この論文が南京事件を『南京のレイプ』と呼び、日本軍が行なった無数の恥ずべき行為のひとつ、などと書いていること。

このスタンスを見ても、著者が中国側の意向を受けた“エージェント・オブ・インフルエンス”(社会的影響力を使って世論を誘導する人物)である可能性は否定できないでしょう」

そうだとすれば、中国は南シナ海の浅瀬を埋め立てると同時に、アメリカの対中強硬派という安倍政権の最大の“外堀”をも埋めようとしていることになる。これでは安保法案を成立させても、アメリカは本当に中国から日本を守ってくれると言い切れるのか?

発売中の週刊プレイボーイ28号では、さらに今なぜこんな論文が掲載されたのか、その背景を詳説しているのでぜひお読みください!

(取材・文/小峯隆生)