与野党の口汚い罵(ののし)り合いと化した安保法制の国会審議で、なぜかスルーされている南シナ海の危機ーー。

だが、この海域はどう見ても、近年の東アジアで最も“有事”に近い状態にある。

今期の通常国会は、集団的自衛権行使の根拠法を含む安保法案の成立に向け、大幅に延長された。ただ、この法案については「ふたつの論点」がごちゃ混ぜに語られているので、国会を見てもメディアを見ても、わけがわからない状態に陥(おちい)っている。

第1の論点は、集団的自衛権は違憲だ、やるなら正々堂々と憲法改正しろ…など「憲法&手続き」の問題。そして第2の論点は、実際問題として安保法案は必要かどうかという「外交&安全保障」の問題だ。

どちらも重要な問題だが、これまで第1の論点についてはかなり周知されてきた一方、第2の論点ーーつまり、政権側がこの法案を必要としている理由については完全に議論が空転している。

安倍政権が安保法案の適用例として挙げているのは、「中東・ホルムズ海峡での機雷掃海」や「朝鮮半島有事における邦人の乗った米艦の防護」。どうもピンとこない。

一方、維新の党を除く野党は、この法案を「戦争法案」と呼び、「徴兵制が復活するかも」などと批判している。正直、こちらも現実感がないというか、あまりにも大げさすぎてゲンナリする。

国会で日本に迫る“本当の危機”が語られないワケ

なぜ、こんなことになっているのか? その答えは政権も野党も本当のことを言っていないから」だ。元時事通信社ワシントン支局長の小関(おぜき)哲哉氏はこう説明する。

「安倍首相が安保法案の最重点対象国と考えているのは、中東でも北朝鮮でもない。明らかに中国です。中国は海洋権益拡大のため、周辺国と領有権をめぐって争っている南シナ海の南沙(なんさ)諸島で一方的に岩礁を埋め立てて“人工島”をいくつも建造。そこに軍事拠点をつくり、この海域を力ずくで支配下に置こうとしています。

しかし、この海域は中東からのタンカーや商船が通る日本の重要なシーレーン。自国船の安全が脅かされるという事態を避けるためには、アメリカに加えてフィリピン、ベトナムなど周辺諸国との軍事・外交上の接触を密にしていく必要があると考えているわけです」

それなら「中国を抑えるために必要な法案だ。アメリカや南シナ海沿岸諸国も求めている」と堂々と言えばいい。それなのに、国会答弁では中国の「ち」の字も出てこないのはなぜ?

「安倍首相が『中国の海洋進出を集団的自衛権で阻止する』とでも言おうものなら中国を大いに刺激してしまう。ただでさえ今年は戦後70年で、中国は“安倍談話”を攻撃材料にしようと手ぐすねを引いているのに、そこにさらなるカードを与えるわけにはいかないという判断です。

一方、野党の側にもこの話題を持ち出さない理由があります。現実に迫った南シナ海の危機について議論を展開すると、『安保法案は必要』という声が広がってしまうかもしれない。それよりも違憲だ、徴兵制だ、と感情に訴える話の方が“引き”が強いわけです」(防衛省関係者)

要するに、与党も野党も「本当のことは言わないほうが都合がいい」のだ。だが、そうこうしている間にも、南シナ海の緊張はますます高まっている。

発売中の『週刊プレイボーイ』29号では、さらに危機迫る「日中開戦」のシナリオをシミュレーションしているのでお読みいただきたい!

(取材・文/世良光弘)

 ■週刊プレイボーイ29号(7月6日発売)「南シナ海『日中開戦』リアルシミュレーション」より