国際コラムニスト・加藤嘉一の本誌連載コラム「逆に教えて!」。今回は…。
*** 中国では近年、中国共産党が認めない地下教会に所属するキリスト教徒が増え続けています。この“グレーゾーン”は何を意味するのでしょうか。
“中国の特色ある社会主義”を掲げる中国共産党は、それ以外のイデオロギーや宗教の広がりにセンシティブな姿勢を貫いてきました。しかし、だからといって共産党が社会主義を唯一無二の真理だと信じ、崇拝しているかといえば、そんなことはありません。
彼らにとって社会主義は「それがなければ巨大な国土、人民、社会を統治できず、一党独裁体制を維持できない」もの。特に約8600万人もの党員を抱える共産党という巨大組織を機能し続けるための“道具”である、という見方が実情に近いでしょう。
それを踏まえた上で考えると面白いのが、近年、バチカン市国と中国との関係が深まりつつあるという動きです。バチカンは世界一小さな主権国家で、言わずと知れたキリスト教カトリックの総本山。両国間の国交は1951年に断絶していますが、最近は国交再樹立の可能性が指摘されており、今年3月にはバチカンの外務局長が「機は熟している」と踏み込んだ発言をしています。
報道や各種情報を総合すると、中国には現在、カトリックとプロテスタントを合わせて約1億人のキリスト教徒がいるといわれています。ただし、その99%は地下教会、つまり非合法な“隠れキリシタン”。残りの1%は中国政府公認の中国天主教愛国会の信者です(この団体はローマ法王庁に認められていません)。
中国とキリスト教の関係について、ぼくには忘れられない経験があります。以前、フィールドワークとして中国と北朝鮮の国境地帯を歩いた時のこと。このエリアの中国側には朝鮮族が多く住んでいるのですが、キリスト教の盛んな韓国の影響も強く、地下教会があちこちにありました。
驚いたのは、それらの地下教会で脱北者が匿(かくま)われていたこと。そして、地下教会の運営資金を出していたのがアメリカ系韓国人だったことです。キリスト教を媒介にして中国、北朝鮮、韓国、アメリカの4ヵ国が国境地帯で複雑に交わっていたのです。
中朝国境地帯に限らず、中国において地下教会という存在は“グレーゾーン”といえます。近年ではあまりにも激しい競争社会からパージされ、疲れ切った人々が心の拠(よ)りどころを求めて地下教会に行き着くというケースも多い。ぼくの中国の友人にもキリスト教徒は少なからずいます。
キリスト教排除のメリットとデメリットは
もしそういった人々の“最後の砦(とりで)”まで完全に排除してしまえば、逆に社会が不安定になる可能性もある。だからこそ中国共産党も、表向きは水と油のように相いれないはずのキリスト教を力ずくで一掃するような真似は控えているのです。
ただ、中国側の視点で考えると、バチカンとの関係深化にはリスクが伴います。国交を樹立させるということは、これまで非合法だった地下教会を認めることにつながりますから中国社会におけるタブーが破られることになる。へたをすれば、キリスト教が中国社会をまとめあげる新たな意識形態として台頭し、共産党が掲げるイデオロギーは求心力を失ってしまうかもしれない。
一方、メリットもあります。中国がバチカンとの国交を正常化させれば、欧米のキリスト教社会から一定の評価を受け、信仰の自由を重んじたということで中国の国際的なイメージや信用は上がるでしょう。場合によっては天安門事件の清算と同じくらいのインパクトを生む可能性もある。したたかな中国はメリットとデメリットを天秤(てんびん)にかけながら、バチカンとどのように関係を築くべきか計算しているはずです。
キリスト教との関係は中国社会に潜む「本音と建前」を理解する格好の事例です。それでもこの問題に興味を持てないというなら、その理由を逆に教えて!!
●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中!