与野党の口汚い罵(ののし)り合いと化した安保法制の国会審議で、なぜかスルーされているのが南シナ海の危機だ。

しかし、安倍政権が安保法案の適用例として挙げているのは、「中東・ホルムズ海峡での機雷掃海」や「朝鮮半島有事における邦人の乗った米艦の防護」であり、南シナ海の危機については言及が少ない。

ところが、ここ最近も南シナ海では頻繁(ひんぱん)に問題が起こっているのだ。

5月20日、米軍の対潜哨戒機(たいせんしょうかいき)「P-8ポセイドン」が南沙諸島付近の公海上を飛行中、「こちら中国海軍、出ていけ」と、無線で8回も退去警告を受けた。

6月23日には米ワシントンで米中戦略経済対話が開かれたが、南シナ海問題について両国は平行線。30日には中国側が「埋め立て工事は完了したが、軍事目的を含めた施設の建設を続ける」と発表しており、事態は好転するどころか、さらに緊迫感を増したといっていい。

こんな状況を考慮すれば、安保法制で“対中国”を意識するのは当然の流れのはず。それなのに、国会答弁では中国の「ち」の字も出てこない。その理由について、ある防衛省関係者はこう説明する。

「安倍首相が『中国の海洋進出を集団的自衛権で阻止する』とでも言おうものなら、中国を大いに刺激してしまう。ただでさえ今年は戦後70年で、中国は“安倍談話”を攻撃材料にしようと手ぐすねを引いているのに、そこにさらなるカードを与えるわけにはいかないという判断です。

一方、野党の側にもこの話題を持ち出さない理由があります。現実に迫った南シナ海の危機について議論を展開すると、『安保法案は必要』という声が広がってしまうかもしれない。それよりも違憲だ、徴兵制だ、と感情に訴える話のほうが“引き”が強いわけです」

要するに、与党も野党も「本当のことは言わないほうが都合がいい」のだ。

局地的な「開戦」に発展する可能性も…

そんな中、実はすでに日本の自衛隊は南シナ海に首を突っ込んでいる。

6月23、24日に行なわれたフィリピン軍との共同訓練で、南沙諸島と目と鼻の先にあるフィリピンのパラワン島から海上自衛隊の哨戒機「P-3C」が飛び立ち、周辺海域で哨戒任務を行なったのだ。表向きは「遭難船の捜索・救難」の訓練とされているが、中国側は即座に不快感を表明した。

アメリカの強い要請もあり、近い将来、海自はフィリピンなど沿岸諸国との協力を深め、南シナ海で常時パトロールなどの任務を行なう可能性が高い。軍事評論家の古是三春(ふるぜみつはる)氏はこう警告する。

「中国は、南沙諸島の人工島に戦闘機や大型の哨戒機も発着できる飛行場を建設中で、対空機関砲や中射程の地対空ミサイルの配置も急ピッチで進むでしょう。当然、これはあくまでもパワーゲームの一環で、基本的に軍事衝突は避けたいというのが中国も含めた関係各国の共通認識。ただ、問題は中国人民解放軍の“現場”が、いつも政府の意図どおりに動くとは限らないことです。

官僚主義的な中国では党、軍、政府機構の指揮系統がバラバラで判断基準も不透明です。特に、軍は現地部隊の裁量による判断の幅が大きく、不測の事態が発生しやすい。埋め立て工事や軍事施設の建設を進める建設兵団、警備に当たる辺防部隊などの現場部隊が日米の哨戒機に対する“なんらかの命令”が下されないことにイラ立っている可能性は高く、先日の米機への警告も政府主導ではなく現場の独断と考えたほうがいいかもしれません」

そうした現場の暴走が引き金となり、局地的な「開戦」という最悪の事態に発展することも考えられる。その時、犠牲になるのは自衛隊だ。そのリスクも含め、いい加減、真正面から議論するしかない時期にきているのだが…。

(取材・文/世良光弘)