建設費が二転三転するのはなぜか? 五輪招致決定時の都知事だった猪瀬直樹氏に聞く

1300億円→3千億円→2520億円と建設費が二転三転する「新国立競技場」

この問題について、今、一番話を聞きたいのはこの人だ。公共事業利権を追及した作家であり、五輪招致決定時の都知事だった猪瀬直樹氏を直撃!

■真の問題は建設費決定の不透明さにある

―猪瀬さんはツイッターやフェイスブックで「国立競技場の論点がズレている」と発言されています。その真意はどこにあるのでしょう。

猪瀬 メディアはキールアーチのデザインや安藤忠雄さんを悪者にしていますが、本当の問題はそこではありません。新国立競技場の2520億円という価格は、キールアーチの屋根部分が950億円、スタンド部分が1570億円とされています。

ところが、北京オリンピックのメイン会場「鳥の巣」の建設費は525億円、日産スタジアムでも603億円です。スタンド部分の建設費が通常の3倍近い1570億円になっていることに疑問を持つべきです。これは資材高騰では説明できない。一番の問題は価格の根拠が不透明なことです。

―国立競技場本体の建設は大成建設(競技場などのスタンド工区)と竹中工務店(開閉式で遮音装置を設けた屋根工区)が随意契約で請け負うことになっています。

猪瀬 事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)は第三者機関に検証する機会を与えないで契約先を決めました。これではアンフェアだと疑われても仕方がありません。

本来であれば、責任者が「コストをもっと削れ」と言う余地があるはずです。随意契約であれば尚更、決まるまでの過程も公表すべきです。しかも、屋根はオリンピックに間に合わないという。100年先にも残るレガシー(遺産)であるべき新国立競技場が屋根なしで放置される。とんでもない無責任体制です。

―国立競技場には取り壊し工事をめぐる入札不調疑惑、談合疑惑もありました。

猪瀬 問題はJSCの不透明さです。あの入札不調、談合疑惑で解体工事が5ヵ月も遅れている。誰がその損失を払うのか。それが建築費に上乗せされているとしたらJSCの責任は重大です。そもそも談合疑惑があった時に官邸、下村博文文科相、森喜朗大会組織委員会会長が「JSCは何をやっている」とチェックしていれば手遅れにはならなかった。新聞がベタ記事でしか報じなかったことも残念です。

談合疑惑を下村さん、森さんもスルーした

―どうしてこんなことになったんでしょうか。

猪瀬 事の顛末(てんまつ)を順番に整理していくと、そもそも2019年9月から日本で開かれるラグビーワールドカップのために国立競技場の改築話が持ち上がりました。その後、オリンピックのために改築ではなくすべて新しくしようということで、12年3月に安藤委員会(新国立競技場基本構想国際デザイン競技審査委員会)が立ち上がった。

コンペの段階で総工事費は1300億円と伝えられていて、その結果、12年11月にザハ・ハディド案に決まったんです。そして20年東京オリンピックが決定したのは13年9月7日。問題が起きたのはそこからです。

―安倍首相は「民主党政権の時代に決めたこと」と言っています。

猪瀬 オリンピック招致レースの申請締め切りは政権交代直後の13年1月7日。そのスケジュールでオリンピック招致委員会は進んでいますから政権とは関係ない。東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会の評議員には現在、組織委員会会長を務めている自民党の森喜朗さんも名前を連ねていました。

―JSCは3千億円に膨れ上がった建設予定費をデザインの修正などで1625億円に減らす方向で議論していました。しかし今年6月、デザインの修正はほとんどせず2520億円という費用を算出しました。なぜここまでコストが二転三転しているのでしょうか。

猪瀬 当初の建設コストはコンペの段階では1300億円でしたが、招致決定後の13年10月19日に毎日新聞のリーク報道で「3千億円」という数字が出ました。その時、私は都知事だったから「なんで3千億円なのか!」と驚いたんです。

14年5月にはJSCが基本設計を依頼し、規模2割削減案で1625億円になった。ところが14年末にまた3千億円に逆戻り。今年6月に2520億円という数字になりましたが、今度は屋根が入っていない。当初案から大きさを2割削った意味がまったくわからない。

都知事の私が「なんで3千億円なのか!」と驚いた

―新国立競技場本体の建設費をめぐっては、森組織委員会会長が東京都に対して一部負担を求めています。これに対して都側は「500億円の負担」で調整する方向のようです。

猪瀬 国立である以上、当然、国が負担すべきですよ。私が知事時代には、新国立競技場の建設費のうち本体工事部分を負担することはしないと都議会でも明確に答弁しました。ただ、都民の便益となる周辺施設の整備については「リーズナブルなら負担する」と言ってきました。協力するなら競技場の設計内容について、専門機関による技術的な精査を受けて透明性を高めることが必要だとも言いました。

―専門機関による技術的な精査は今、最も欠けている視点ですね。

猪瀬 そこが一番の肝(きも)です。私は13年10月時点の建設費3千億円リーク報道を見て、「おかしい」と思いました。国立だから東京都は負担しないにしても、どこかで手を突っ込まないとまずい。だから都民の便益となる周辺整備の372億円をのぞき窓にして全体をチェックしようと考えた。周辺整備をきちっとするためには、本体についても精査する必要がありますからね。

周辺整備を都が負担するという「人質」があるわけだから、本体工事について「高い。もうちょっと安くなるはずじゃないか」と言えるはずでした。私は都が口を挟める仕組みをつくろうとしていたんです。

―しかし、その後間もなく猪瀬さんは徳洲会から5千万円の借り入れをした問題で都知事を辞めてしまいました。結局、専門家委員会は立ち上がったんでしょうか?

猪瀬 立ち上がっていません。

―そもそも森さんと石原(慎太郎・元都知事)さんの間で国立競技場の建設費を都が負担するという「密約」はあったのですか。

猪瀬 それは16年東京オリンピック招致時の話で、今回の(20年の)新国立競技場の話とは別です。16年招致時、都は晴海(はるみ)に都立のメインスタジアムを造ろうとしていました。その時、石原さんは「国も半分ぐらい出してよ」と言っていた。だけど16年の招致が失敗して白紙になった。その話がねじ曲がって「新国立競技場に東京都が半分出すんだよね」ということになっているんでしょう。

●インタビューの全文は発売中の『週刊プレイボーイ』31号にて掲載、さらに猪瀬氏が「チームニッポンで五輪を勝ち取ったのに、またすぐ縦割りに戻ってしまった」と嘆く内実とは!?

(取材・文/畠山理仁 撮影/五十嵐和博)

●猪瀬直樹(いのせ・なおき)1946年生まれ、長野県出身。87年『ミカドの肖像』(小学館)で第18回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。2002年、道路公団民営化委員に就任。07年に東京都副知事に任命され、12 年に都知事に就任。13年に辞任。著書に『道路の権力』(文春文庫)、『昭和16年夏の敗戦』『黒船の世紀』(以上、中公文庫)など。近著にジャーナリスト・田原総一朗氏との対談をまとめた『戦争・天皇・国家 近代化150年を問いなおす』(角川新書)がある

■週刊プレイボーイ31号(7月21日発売)「猪瀬直樹が語る『新国立競技場」問題の核心』より