新国立競技場問題でも存在感を発揮している森喜朗(よしろう)・東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長。

言わずと知れた元首相だが、今は国会議員を引退した立場。

なのに、現職の文部科学相である下村博文(はくぶん)氏を叱りつけ、安倍首相でさえも立ったままの状態で森さんに謝る場面があったりと大物感がハンパない…。ある新聞記者が首をひねる。

「森さんは大物の文教族議員だったのですから、文部科学省にもその天下り団体であるJSC(日本スポーツ振興センター)にも顔が利く。つまり、すべての組織に影響力があるのは森さんだけ。やはり森さんに責任があると思う。でも実際には下村文部科学相と建築家の安藤忠雄氏に責任追及の矛先が向かっている。運が強いのかな」

これに、『週刊プレイボーイ』本誌で今週から新連載「政界斬鉄剣!!!」が始まった、政治評論家の池田和隆氏が同意する。

「森さんの過去を振り返ってみると、超ド級の強運、いや、“豪運”としか言えない出来事の繰り返しです。森さんが歩む道には不思議と花が咲き乱れ、反抗する者たちは勝手に没落していく。調べてみると興味深いですよ」

まずは生い立ちからリサーチしよう。自民党石川県連の関係者が証言する。

「森さんの父・茂喜(しげき)さんは、36年間にわたって石川県根上町(ねあがりまち)の町長を務めた名士です。しかも9期連続無投票で当選し続けた。これは無投票連続当選の日本記録です」

お父さんからして強運だ!

「運だけじゃない。茂喜さんは人格者でした。もし対抗馬が出ても当選は変わらなかったはずです。だって町長を辞めた時、36年間分の退職金を全額町に寄付したんだよ。あの人は町の誇りです!」(自民党石川県連関係者)

偉大な父親の息子として生まれたことが、森喜朗豪運伝説の幕開けだった!

学生時代も恵まれた元首相

父・茂喜さんは早稲田大学ラグビー部のOBで、喜朗少年もラグビーを始めた。高校時代には北陸大会の決勝までいくが惜しくも敗退。全国大会には行けなかった。それでも父の縁で早稲田大学第二商学部にスポーツ推薦で入学を果たす。

しかし早大ラグビー部に入部するも、たった4ヵ月で退部。ラグビー推薦で入学しておきながらの退部だから思い悩んだようだが、2年生の時に先輩のススメで「早稲田大学雄弁会」に入会する。ここからが豪運伝説のスタートだ。

当時の雄弁会には、後に首相となる小渕恵三や、“参院のドン”となる青木幹雄、“文教族のドン”となる西岡武夫、通産相や郵政相などを歴任する深谷隆司らが所属していた。まさに黄金期! 政界入り後は学生時代の仲間がどんどん大物になっていく。豪運としか言いようがない。

●さらに政界進出してからも続く、森喜朗元首相の“強運エピソード”は発売中の『週刊プレイボーイ』34・35号でお読みいただけます!

(取材・文/菅沼 慶)

■週刊プレイボーイ34・35号(8月10日発売)「読むだけで運気が上がる! 森喜朗“豪運”伝説!!」より