7月16日、安全保障関連法案が衆議院を通過したーー。
このまま9月に法案が成立すると「具体的に」何が起きるのか? それをリアルに感じている人たちがいる。紛争地で活動するNGOの職員だ。
なぜなら、法案で集団的自衛権の行使の理由づけのひとつとされたのが「紛争に巻き込まれたNGO職員を自衛隊が救出する」という「駆け付け警護」であるからだ。
これに対し、当のNGO職員らは一様に「自衛隊が来れば、逆に自分たちは殺される」、「地元住民も殺される」、「報復で日本本土でもテロが起きる」と反対意思を表明、駆け付け警護は不要と訴える。結局、自衛隊の派遣をするためにNGOがダシにされるのだと主張する、その根拠とは…。
●パレスチナから 昨年7月2日、特定NPO法人日本国際ボランティアセンター(JVC)の職員で、イスラエルとの紛争地であるパレスチナで活動する今野(いまの)泰三さんの「いちNGO職員として思うこと」と題したブログにこんな一文がーー『遺書には、自衛隊だけは派遣しないでください、と書く』
その前日の7月1日に集団的自衛権を行使するため憲法解釈を変える閣議決定をした安倍政権への抗議だった。その冒頭はこんな言葉で始まってい る。
『(パレスチナ自治区である)ガザ地区では3週間以上にわたり、毎晩のようにイスラエル軍による空爆が行われ死傷者が多く出ています。これまで会ってきた子どもたちの泣き叫ぶ声がすぐそこに聞こえるように感じながら、エルサレムで毎日を過ごしています。
日本大使館から「ガザに行くのはしばらく控えてほしい」という要請がありました。私はつい、「いざとなったら安倍さんが自衛隊を出して助けてくれるから大丈夫ですよ」という嫌味が口から出そうになり、こらえました』
そして今回の「駆け付け警護」に対し、今野さんは「本当に私は救出されるのか?」と疑念を抱いている。その後のブログには、もし自分が誘拐され、自衛隊が救出に来た場合、起こりうるのは以下の3パターンと描かれている(要約)。
『①戦闘に巻き込まれ日本人を救出せず去る(残された日本人の命の保証はない)。②救出しようとした日本人と一緒に拘束される。③泥沼の戦争になる。
有事の際に突然やってくる外国軍に反発する民兵や住民を、「自衛」の名の下、自衛隊が殺す可能性は大いにあります。中東で恨まれている米軍と一緒に来れば、その危険性は数十倍になる。ひとたび武器を交えれば、双方これ以上死者が出ないところまで報復の連鎖が続き、誰も制御できません。そうなると、私は、交渉の余地なく殺されるでしょう』
自衛隊だけは派遣しないでください
しかし一方で、本当に誘拐された場合、軍事力に頼らない救出方法はあるのか? 先月、今野さんにそれをメールで尋ねると、回答は「あります」というものだった。
『今までパレスチナのガザや西岸で外国人の誘拐事件はありましたが、その多くが地元有力者の交渉で解決しました。ただし、救出できるかは、本人や本人が属する組織、自国政府のふだんからの現地での関係つくりという長期的側面に依存します。
その後の戦争やさらなる誘拐を誘発しないためにも、軍事力を使わず、情報収集と交渉に留まることが大切です。すなわち、①誰が犯人か、②犯人の目的は何か、③誰と交渉予定か、④誰の影響下にあるかという情報次第で、誰とどんな方法で接触・交渉すべきかが変わります。長期的側面がなければその判断もできません』
今野さん自身は、2011年から現地に滞在しそれなりの人脈を作ってきた。また、日本という国家も現時点では中東における評価は高い。つまり万が一、誘拐されたとしても地元有力者の交渉で救出される可能性が高いと読んでいるのだ。例えば、あるタクシー運転手からこんな話を聞いているという。
『欧米の援助は、裏で何を目論んでいるかわからない。日本は違う。戦争でアメリカに破壊された自国を立て直し、優れた工業製品を作って復興した国として尊敬できるし、日本からの援助には裏の意図がない。心から我々を助けたいと思って支援してくれている』
そういう国の自衛隊が、もし外国軍とともに中東で戦闘行為をすれば評価は変わる。今野さんが苦々しく思うのは、安倍政権が主張する「駆けつけ警護」がどんな犠牲を払っても海外にいる同胞を守るという決意に基づいたものではなく「国益」になると見なされた場合だけ派兵することだ。安倍首相は「時の政府の解釈次第で派兵を決める」と述べている。今野さんはその憤りをブログでこうぶつける。
『NGO職員の安全は、自衛隊派兵のための言い訳にしかならないということです。時の政権が「お、NGO職員が誘拐されたか。米国の要請もあるし、派兵を進めるか」と決めればそれで終わりです。誘拐されたら、助けて欲しいと願いながら、遺書には「自衛隊だけは派遣しないでください。パレスチナの人々も、日本の人々も、傷つけることはしないでください」と書くしかないと思っています』
自衛隊派兵のためにNGOがダシにされている。何も解決しない武力ではなく、必要なのは今野さんが言うところの「政府の普段からの現地での関係作り」という外交努力であるはずだ。
実際の戦場では前線か後方かの区別はない
●アフガニスタンから JVCの長谷部貴俊事務局長は05年から7年間、医療分野や教育分野でアフガニスタンと関わってきた。パレスチナ同様、丸腰で活動してきたからこそ安全が保たれ、かつ日本が直接的な軍事活動を行っていなかったからこそ日本人は信用されていたと考えている。
だからこそ「自衛隊には来てほしくない。私たちを危険に晒(さら)す」と主張する。そこには根拠がある。実際に外国人が誘拐され、軍が救出に向かったがために、逆に死亡させてしまった事例を知っているからだ。
2010年9月、アフガニスタンで活動する農業系コンサル会社職員のイギリス人女性(36歳)が武装勢力に誘拐された。3週間後、NATO(北大西洋条約機構)軍が救出作戦を展開。だが銃撃戦の末、米兵の投げた手りゅう弾が女性を殺害してしまった。
そもそも、なぜ軍人でもない民間の外国人が誘拐されたのかーー。
アフガニスタンは、01年9月のアメリカ同時多発テロの報復先として米軍の空爆を受け、同国を支配していたタリバンは一時期駆逐されたが、新たな武装勢力の台頭で治安は乱れた。米軍、そして多国籍軍である国際治安部隊(ISAF)は治安回復の名目でタリバンや武装勢力と戦闘を展開するが、14年経った今も治安回復どころか戦闘は泥沼化している(ISAFは昨年末で撤退)。
「外国軍にとっては、一般住民も武装勢力も見分けがつかない。だから怪しいと思ったら攻撃するだけです。数年前、私たちの現地スタッフの親戚が結婚式を挙げた時、反政府勢力の集まりと間違えた米軍が参列者を空爆。子供も含め47人が亡くなったのに米軍は謝罪すらしません。武装勢力捜索のため土足で民家に上がり込み、親戚以外は女性しか入れない母屋で身元調査するなど文化を無視した行いも住民の怒りを買っています」
ほとんど知られていないが、昨年1年間だけでアフガニスタンでは3699人の民間人が戦闘に巻き込まれて死亡している。一般国民の怒りは否が応でもアメリカやISAFに加盟する国々に向けられる。そして頻発する誘拐。だがーー。
「アフガニスタンでは外国人の誘拐は幾度も起きています。でもほとんどの場合、地元の長老や赤十字国際委員会など中立性の高い国際組織の交渉で解決します」(長谷部さん)
また、これもパレスチナと同じくアフガニスタン本国で軍事活動を展開していない日本への評価は高く、そもそも誘拐される可能性は欧米人より低いと長谷部さんはみている。だが自衛隊の海外活動が可能になれば別だ。
「もし私が誘拐されて自衛隊が来れば、武装勢力との戦闘は避けらない。私は助かるのでしょうか? 日本政府は『後方支援』に徹するといいますが、実際の戦場ではどこが前線か後方かの区別はつきません。また、自衛隊がどの指揮下に入るにせよ、上官から『撃て』と言われたら撃たねばなりません」
実際、長谷部さんが会った元米兵は「撃て」と命令を下した上官の目の前で「普通のおばちゃん」を殺害した。その事実に退役後の今も苦しんでいるという。そしてアフガニスタン人にすれば、ますます「アメリカ憎し」の感情が強まるだけだ。
JVCのアフガニスタン人職員は「日本には軍事力を背景としないユニークさがある。その中立が強みだ」と日本を高く評価しているという。だが米軍との共同行動となると、日本は紛争当事者になる。長谷部さんは「その結果、日本が何を失うのか。その認識があるのか」と政府に厳しい目を向けている。
米軍と軍事行動をとれば評価は一変する
●イラクから NPO法人「日本イラク医療支援ネットワーク」(JIM-NET)の佐藤真紀事務局長は1994年、青年海外協力隊の隊員として中東のイエメンに滞在していた。だが内戦が勃発。この時、日本人を国外へと救出したのはドイツ空軍機だった。日本政府がドイツに要請してのものだが、それがもっとも迅速な方法だったのだ。
「ですから中東で同じことがまた起こった場合、その国の警察や近隣諸国など迅速な対応を取れる組織に頼るのがベストということです。遠い日本からわざわざ自衛隊が来るのを待っていれば、その間に僕たちは誘拐や空爆に巻き込まれかねません」
また自衛隊が来れば来たで、身の安全が保てないと佐藤さんは主張する。
1991年からの湾岸戦争で、イラクでは米軍使用の劣化ウラン弾が原因とされるガンや白血病の子供が増えた。さらに、国際社会が課した経済制裁で医療施設の老朽化と薬の欠乏が起こり、日本では8割が治るにも関わらず多くが死んでいる。
03年当時、別のNGOに所属していた佐藤さんがイラクの病院で会った白血病の少女ラナちゃん(12歳)もそのひとり。病院に薬はなく余命は短かった。それでも「先生になりたい」との希望をもち、佐藤さんに鉛筆での自画像を渡した。佐藤さんは帰国後、イラク戦争を阻止しようと、その絵をTVなどで紹介し世論に訴えた。
しかし、アメリカは2003年にイラク戦争に踏み切り、多くの住民を空爆などで殺害。その数、米兵の死者4388人に対して推定10万人。ラナちゃんも投薬を受けることなく、8ヵ月後に死亡した。
佐藤さんはこういう子供たちを救いたいと、04年にJIM-NETを設立する。だが戦争の泥沼化は収まらず「アメリカはイラクをぐちゃぐちゃにした」
そのアメリカへの憎悪が渦巻き、テロの支持基盤を作り、テロリストたちはイスラム国を創設した。11年に米軍はイラクから撤退したが、今はイスラム国の進撃で250万人とも言われる国内避難民が生まれている。
これに対し、日本はやはりイラクでも評価が高い。「ヒロシマとナガサキなどで国土が荒廃しても武力で対抗せず、経済力でアメリカに負けない国になった」からだ。03年から09年までイラクのサマワに駐留した自衛隊も一発の銃弾も使わなかったことで、その評判は悪くない。
だが佐藤さんは「そもそも任務が人道支援でしたから。また自衛隊も『我々は米軍とは違う』と見せようと、豪軍や英軍と連携しました。でも今後、米軍と軍事行動をとれば評価は一変しますね」と不安を隠さない。
今、覚悟がNGOに求められている
米軍攻撃で目の前で両親がバラバラの肉片になり心が死んだ子供、片足を失った子供、病院にすら来られずに亡くなる子供ーー今度はそれを自衛隊が生み出すのだろうか? 佐藤さんはそれでも覚悟を決めているという。
「イラク人には国は国、個人は個人と切り分けて、NGO活動しているアメリカ人に憎悪の目を向けない人もいます。ただ、その活動はとても難しいのは事実。何かが起こる可能性はある。でも、僕らは子供たちのために粛々と活動を続けるしかない。今、その覚悟がNGOに求められていると思うんです」
今年の7月2日。佐藤さんのJIM-NETや長谷部さんのJVCらが中心となり、NGOこそが戦争にNOを主張しようと「NGO非戦ネット」が結成された。現在、約40の賛同人や賛同団体を集めている。
海外の現場で、現地の人たちからも信頼を得、日本を誇れる国にしている彼らを逆に危険に晒し、敵対国と認識され兼ねない行動を推進する法案を現内閣は通すというのだろうかーー。
(取材・文/樫田秀樹)