大混乱の末、9月19日未明についに可決された「安全保障関連法案」。まるで噛(か)み合わない議論が与野党の間で延々と繰り広げられ、最後は与党が数の力で押し切った形だ。
そんなグダグダだった一連のやりとりに「賛成派も反対派も論点がズレまくっていた!」と怒る人物がいる。安保国会に参考人としても出席した、東京外語大教授の伊勢崎賢治氏だ。
国連PKO上級幹部として、海外の紛争現場をつぶさに見てきた氏が語り尽くす、安保法案への怒りと失望の理由とは?
■民主・維新案は中国への宣戦布告
―今の率直な気持ちから聞かせてください。
伊勢崎 ガッカリしましたね。あの騒ぎはなんだったんだというのが正直なところです。一連の議論を通じて、日本人が「国防って何?」ということを真剣に考えるいい機会になればと期待していたんですが、まったくそうならなかった。
賛成派の論拠は結局、「中国の脅威」しかないことがわかったし、一方の反対派からは、格差社会が進み、子供や孫世代が兵隊に取られる「経済徴兵制」が始まる、みたいな話が出ていたでしょう?
結論から言うと、どちらも間違っている。賛成派も反対派も「実体のない脅威」を振りかざして争った結果、本当に大事なことが議論されず、日本人の「国防」に関するリテラシーがまったく上がらなかった。僕はそのことに、心底ガッカリしているんです。
中国は脅威ではない
―「中国の脅威」は本当に存在しないのですか?
伊勢崎 ハッキリ言って中国は脅威ではありません。もちろん、尖閣(せんかく)諸島みたいな無人島をめぐる領土的な野心はどの国もあるので、中国にあるのは当然で警戒をしなければならない。ただし、「中国が沖縄を侵略する」というような、日本国民の命と安全に関わるような事態が起きるなんてことは絶対にあり得ない。中国は一応、国連の常任理事国です。こちらがよほどの「口実」を与えない限り、他国を一方的に攻撃、侵略することなどできるはずがない。
一方の日本は国連からすればいまだに「敵国条項」の対象ですから、いわば前科者で「保護観察中」の身。そんな国が、アメリカに並ぶスーパーパワーとなり、常任理事国として国際法を運用する立場にある中国に敵意をむき出しにしたり、あるいはそう誤解されるような行動をとれば、中国から当然やられます。
安保法案の対案として民主党と維新の党が出した「領域警備法案」もひどいものでした。尖閣諸島などでの脅威に対して海上保安庁と自衛隊が「シームレスに対応する」というものでしたが、あれは「中国への宣戦布告」と言っても過言ではない。中国に自ら進んで「自衛権の行使」の口実を与えているようなものです。
なぜ領海警備を海保のような「警察権」で行なうかといえば、いきなり「軍隊」が出ていったら「戦争」になるからです。その線引きはハッキリしておかなきゃいけない。それなのにふたつを「シームレス」につなげたら、海保の行動も「軍事行動」と見なされ、「交戦」になりかねない。あれこそ「戦争法案」ですよ。
―一方、反対派が主張する徴兵制の導入も本当にあり得ない?
伊勢崎 今や、世界の軍事トレンドは大規模な地上軍を削減する方向にあります。日本がこの先、陸自戦力を拡大して大量の自衛官が必要になるということはありません。
それに自衛官って、なりたいと思ってもそう簡単になれるものじゃありません。一般幹部候補生の倍率は30倍以上、一般曹候補生でも7倍、一般自衛官は最も倍率が低い陸自ですら3倍ですからね。
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(インタビュー・文/川喜田 研 撮影/有高唯之)
●伊勢崎賢治(いせざき・けんじ) 1957年生まれ。東京外国語大学大学院教授。国連PKO幹部として、シエラレオネなどで武装解除を指揮。近著に『本当の戦争の話をしよう 世界の「対立」を仕切る』など