「中国の脅威」も 「徴兵制」もあるわけない! 本当に考えるべき国防の論点を伊勢崎氏が語る

大混乱の末、9月19日未明についに可決された「安全保障関連法案」。まるで噛(か)み合わない議論が与野党の間で延々と繰り広げられ、最後は与党が数の力で押し切った形だ。

そんなグダグダだった一連のやりとりに「賛成派も反対派も論点がズレまくっていた!」と怒る人物がいる。安保国会に参考人としても出席した、東京外語大教授の伊勢崎賢治氏だ。

国連PKO上級幹部として、海外の紛争現場をつぶさに見てきた氏が語り尽くす、安保法案への怒りと失望の理由とは? (前編⇒「賛成派も反対派もずれまくりだった安保関連法案の争点」

―それでは、今回の安保法制成立で具体的に何がどう変わるのでしょうか?

伊勢崎 おそらく当面は何も変わらないでしょう。中国に対して、アメリカがすぐに東シナ海に出動するという状況はなさそうですし。

また、中東でのISとの戦争に自衛隊が巻き込まれる可能性も低いと思います。なぜなら「親分」であるアメリカが今後、あの地域に大量の地上軍を送り込む可能性がほとんどないからです。

イラクやアフガニスタンでの戦争に事実上、敗北したアメリカはそれに懲りて軍事戦略を根本的に変えています。ISとの戦いでも、地上戦はイラク軍やクルド人部隊などに任せて、空爆しかしていません。いくらなんでも、イラク軍やクルド人部隊への補給や後方支援を自衛隊にやれとは言わないと思います。

今ですら「集団的自衛権の行使」としか言いようがないインド洋での給油など、すでに自衛隊はアメリカ軍の「ガソリンスタンド」と化している。それが、今回の安保法制で弾薬やミサイルも供給できることになっただけ。便利な「コンビニエンスストア」になったぐらいに考えればいい。

もちろん、アメリカとの軍事的な一体化が強まることで、日本が以前よりもテロの標的となるリスクは高まったのは事実でしょう。日本中にこれだけ無防備な形で原発があることを考えると、大変に恐ろしいことだと思います。

それより、当面、最も心配なのはアフリカの南スーダンで国連平和維持活動(PKO)を行なっている自衛隊員です。非常に不安定な状況が続いている南スーダンには、今も数百人を超える自衛隊員が派遣されています。近年のPKOは、1994年のルワンダの大量虐殺を阻止できなかった反省から武器使用基準を大幅に見直していて、自衛隊が「紛争当事者」となる可能性も高まっています。

自衛隊は「違憲」のまま放置されてきた

―では、今回の安保法案で最も議論されるべき点はどこにあったのでしょうか?

伊勢崎 憲法9条に照らして今回の安保法制は、違憲か合憲かという点が議論になりました。参議院で開かれた中央公聴会では、野党側の公述人を務めた憲法学者に「自衛隊は合憲なのか?」という意地悪な質問をした人がいました。

すると、安保法案を「違憲」だと主張する4人のうち3人が自衛隊を「合憲だ」と答えた。20年前なら憲法学者の半分以上が「違憲」と言っていた問いなのに、いつの間にか護憲派までが「自衛隊を合憲」と言いだしちゃった。

今回の安保法制によって自衛隊は集団的自衛権の限定的な行使ができることになり、PKOなどの集団安全保障において「駆けつけ警護」など武力行使も可能になった。ところが自衛隊には「交戦権」がない。9条が明確に保持を禁じているから。そんな自衛隊を海外に派兵するということの危うさを誰もよくわかっていない。僕が本当に問題だと思う点がここにあります。

―どういうことでしょう?

伊勢崎 「交戦権」とは、ひと言で言えば国際法上の「敵を殺す権利」です。正確には敵を殺し、相手を制圧し、軍政を敷く権利までを含みます。

僕がかつて国連の文民統括責任者として東ティモールの知事を務めていた時、ゲリラの進入で我々の兵士1名が殺されました。その際、僕の責任で「武器使用基準」を緩和して、指揮下の国連平和維持部隊が敵の兵士十数名を皆殺しにしたことがあります。

もちろん、我々(国連平和維持部隊)には交戦権があるので国際法的には合法で、そこに「良心の呵責(かしゃく)」を感じる必要はない。いや、現実は違いますよ、自分で死体を確認しました。彼らは軍服を着ているわけでもない、どこにでもいそうなお兄ちゃんたちです。これが、国際紛争のリアリティなのです。

―自衛隊はその「交戦権」が認められないまま、紛争地域に送られているのですね。

伊勢崎 そうです。イラク特別措置法以来、自衛隊は「交戦権」を持たない、つまり、「敵を殺す権利」がない状態で海外に派兵されている。

しかしその一方で、自衛隊は海外では「軍隊」だと見なされていますから、仮に紛争に巻き込まれれば紛争当事者として「合法的に殺すことのできるターゲット」になるわけです。自衛隊をそうした状態のまま海外に派兵するなんて、メチャクチャな話です。

ところが、日本はもう何年も前からイラク復興支援、インド洋での給油、ソマリア沖の海賊対策、そして南スーダンPKOと、自衛隊を何度も海外に送り出し、民主党や護憲派も結果的にそれを容認してきた。その責任は相当に大きいと思います。自衛隊を「違憲」のまま放置してきたと言わざるを得ない。

今の自衛隊には「戦略」がない

―では結局、憲法を改正して自衛隊を「合憲化」するところから始めるしかないと?

伊勢崎 国民が自分たちの安全を自衛隊に「負託」している以上、憲法を改正して自衛隊を「合憲」な存在にすることは絶対に必要です。今のような矛盾を放置したまま、無理やり「合憲」だといわれても、「交戦権」すらないのでは、個別的自衛権の行使に基づく「専守防衛」すらままなりません。その歪(ゆが)みのツケを払わされるのが、命をかけてこの国を守ろうとしている自衛官だというのは、どう考えても理不尽な話です。

ただし、誤解してほしくないのは、憲法を改正して自衛隊を「合憲」にすることと、その自衛隊を積極的に海外へ派兵することは、まったく別の問題だということです。

残念ながら、今の自衛隊には「戦略」がありません。なぜなら「戦略」はアメリカが考えることで、日本はそれについていくだけだからです。そのアメリカの戦略がうまく機能しているならいい。問題は「テロとの戦い」が大きな位置を占める時代に、その「戦略」が決してうまくいってはいないということです。

だったら、日本も自主性を持って、真剣に自分たちの「国防」に対する「戦略」を考える必要がある。本当に自衛隊を海外に派兵する必要やニーズがあるのか真剣に考え、丁寧に議論すればいい。

そこには憲法9条の平和主義を尊重しつつ、専守防衛という枠の中で個別的自衛権の行使における「交戦権」を認めるという選択肢もある。

ところが、今回の安保法制では、そうした議論の深まりはなく、自衛隊が抱える根本的な問題を放置したまま海外派兵や武力行使への道が開かれた。その一方で法案に対する国民の反発は強く、「憲法9条を守れ」という旧来の条文護憲派的な意識がさらに根づいてしまった。安倍首相がやりたいと思っている改憲はむしろ難しくなったと思う。

―現役の自衛官時代からご存じだという、“ヒゲの隊長こと佐藤正久参議院議員も同じように自衛隊が置かれている歪んだ状況への危機感を持っているのでしょうか。

伊勢崎 佐藤さんは現場を知る議員として尊敬もしています。自衛隊に関する基本的な問題意識も私と同じだと思うのですが、彼は「日本人の国防リテラシーはこの先も変わらない」と考えているのかもしれない。だから多少強引でもそれを変えようとする安倍政権のやり方に乗っかったのではないでしょうか。

―でも、憲法を改正しなければ根本的な問題は解決しないし、このまま海外派兵を行なえば致命的な問題が起きる可能性がある?

伊勢崎 当然、佐藤さんはこの法案で何が起こるのかもわかっていて、もしかしたら問題が起こることを待っているのかもしれません。そういうやり方を彼の良心は許すのでしょうが、僕は間違っていると思います。

(インタビュー・文/川喜田 研 撮影/有高唯之)

●伊勢崎賢治(いせざき・けんじ)1957年生まれ。東京外国語大学大学院教授。国連PKO幹部として、シエラレオネなどで武装解除を指揮。近著に『本当の戦争の話をしよう 世界の「対立」を仕切る』など