「そもそもオリンピックは国民の熱意があって実現するもの…」と語る李氏 「そもそもオリンピックは国民の熱意があって実現するもの…」と語る李氏

戦後70年を迎え、大きな問題が山積する日本の姿を海外メディアはどのように見つめ、報道しているのか? 

「週プレ外国人記者クラブ」第5回は、「香港フェニックスTV」東京支局長の李(リ)ミャオ氏が、混迷を極める東京オリンピック問題を斬る!

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―今日は2020年の東京オリンピックについてお話しいただきたいのですが、まず新国立競技場の問題をどう見ていますか? 当初のザハ・ハディド案の段階では建設費の試算が約3500億円まで膨らんでいたと明かされました。

ハディド案が白紙撤回された後、新たなデザイン案を公募し、1550億円を上限とするとされていますが、北京オリンピックのメインスタジアムとなった北京国家体育場(通称・鳥の巣)は約500億円でしたね。

 こんなにお金がかかるというのは、驚きですよね。旧国立競技場は、私が勤務する「香港フェニックスTV」の近くにあったので、よく前を通っていたんです。この歴史的建造物が解体される前には内部を取材したこともあります。だから、今や更地となっている現状を見ると、なんとなく切ない気持ちになります。

東京オリンピックに関して、私たちは日本でニュースがあるたびに取り上げていますし、開催が決まってからは中国でも少なからぬ関心を集めています。ハディド案の白紙撤回には中国人も非常に驚いたと思います。

なぜなら、日本への旅行者が増えていることが証明するように、中国人は「日本はすごく洗練された良い国」というイメージを持っている人も多い。規則正しく秩序があり、技術力が優れていて計画的なものづくりができると。それだけに、この問題は意外だったし、残念でした。

日本国内の世論調査を見ても、新国立競技場建設には当初から反感が多かった。ハディド案を撤回して工費を減額したのは、もちろん内閣支持率を上げる方策のひとつだと思いますが、そんな表面的な対応だけで国際社会からの信頼が回復できるのか、これから新たなデザイン案を公募して本当に間に合うのか…国民の税金を使って、「できませんでした」はあり得ないですから、間に合わせてほしいですね。

国民へのメリットが見えてこない

―盗作疑惑で撤回されたロゴマークに関してはいかがですか? 失礼ながら、パクリといえば中国というイメージもあるのですが…。

 確かに、中国では著作権や知的財産の保護意識がいまだ低いのは事実です。一方、日本は時に過剰と思えるほど厳格な意識がある印象があったので、こちらも驚きました。

―個性がないというか、日本らしさがないというか、いい評価ではなかったですよね。

 中国のネットユーザーなどの間でも、マイナス評価が多かったです。「日本は、デザインは得意分野であるはずなのに、これはパッとしない」とか「黒は五輪の熱気にふさわしくない」とか。というのも、中国では黒にはあまりいいイメージがないんですよ。

その後、佐野デザイナーの盗作疑惑が出てきて、海外でも大きく報道されました。盗作の真偽はともかく、これもイメージを大きく悪くしましたよね。また、日本は民主主義の国のはずなのに選考過程の不透明さも不思議でした。

もうひとつ気になったのは、国立競技場にしてもロゴにしても責任を取る人がいないということ。国際社会における日本の信用が揺らいだと言っても過言ではないのに、文科省もJOCも責任を回避している。そして、それに対して厳しく追及されていない。どうして、誰も責任を取らずに白紙撤回になったのか、と。

―歴史的ビッグイベントなので、いろんな人の思惑が絡まってグチャグチャになっているのではと思いますが、2008年の北京オリンピックの時はどうでした?

 それほど違和感のある事件はなかったと思います。閉会後のスタジアム活用法への批判はあり、現在も活用できているとは言えませんが、オリンピック開催自体には大きな混乱はありませんでした。たくさんお金は使いましたが、北京の街づくりや環境改善など良い効果があったと定評はあります。

北京オリンピックは国家が一体になって作り、国民も喜びました。そもそもオリンピックは国民の熱意があって実現するものなので、東京オリンピックはよく誘致に成功したなと思いました。誘致の時、私は日本の人たちの意見を取材しましたが、賛成・反対の声は半々くらいでしたから。

発展途上国にとってオリンピックは大きな経済効果がありますが、日本のような先進国の場合はメリットとデメリットを慎重に比較検討しないといけません。オリンピックが終わった後、はたして日本人にとってどんなメリットが残るのか疑問ですよね。福島でも競技を開催するという意見もありますが、これも東北の人たちにとってどんなメリットになるのか、見えてきません。

冷房設備のない「オモテナシ」って…

―国立競技場、ロゴマークのほかに、気になっている問題は?

 東京が開催地に選ばれた理由は「世界一の安心・安全」であり「お金がある」ことでした。だから、新国立競技場の建設費が足りないということにそもそも矛盾を感じます。

「オモテナシ」という有名な言葉も生まれましたが、新建設案では工費を抑えるために「冷房設備を削る」案もある。これは中華圏でもよく報道されていました。冷却グッズを配布するという案もありますが、一番暑い時期に開催して病人や死者が出てしまったら、それこそ国の威信にかかわることですよね。

それから、オリンピック開催にはテロ対策の強化が不可欠ですが、新国立競技場の問題ばかりがクローズアップされ、テロ対策があまりニュースにならないことも気になります。日本は世界一安全な国と言われていますが、逆に言えば平和ボケで、テロへの危機意識が足りないと思います。そこは本当に心配ですね。

◆李(リ・)ミャオ 中国吉林省出身。1997年に来日し、慶應義塾大学大学院に入学。故小島朋之教授のもとで国際関係論を学ぶ。2007年に香港フェニックスTVの東京支局を立ち上げ、現在は支局長。日本の情報、特に外交・安全保障の問題を中心に精力的な報道を続ける

(取材・文/田中茂朗)