戦後70年を迎え、大きな問題が山積する日本の姿を海外メディアはどのように見つめ、報道しているのか?
「週プレ外国人記者クラブ」第7回は、英紙「エコノミスト」や「インディペンデント」などに寄稿するデイビッド・マックニール氏が、来年2月公開予定の映画『不屈の男 アンブロークン』にまつわる“騒動”について語る。
アンジェリーナ・ジョリー監督の本作は、太平洋戦争中、日本軍の捕虜となった米軍兵「ルイス・ザンペリーニ」の数奇な運命を描いたもの。劇中に描かれる捕虜収容所での日本兵による拷問、虐待シーンが「反日的」という批判を受けて、一度は大手配給会社による日本公開が見送られるなど多くの議論を呼んだ。
紆余曲折を経て、ようやく公開が決まったわけだが、この映画の何が過剰ともいえる反応を生んだのか?
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―マックニールさんは、映画『アンブロークン』に対する日本の反応が興味深かったそうですね。
マックニール 私は実際に映画を観ました。正直、あまり面白い映画とは思えませんでしたが、多くの人たちが騒いでいるように、とりたてて「反日的」な映画とも感じなかった。なぜ、人々があの映画に過剰な反応を示したのか、一時は公開中止の危機にまで直面したのか不思議に感じました。
―映画の中で、日本兵が捕虜に対して行なう虐待や暴力が、あまりにも強調されすぎているという批判があったようですが?
マックニール 確かに、多くの日本兵による拷問シーンもありますし、それが一種のサディズム的に描かれている部分もある。ただ、それはこの映画に限ったことではありません。古くは名作と言われる『戦場にかける橋』(1957年)でも、戦時中、タイとビルマ(現ミャンマー)を結ぶ泰緬(たいめん)鉄道の建設に携わった外国人捕虜たちへの日本兵による目を覆いたくなるような虐待、暴力シーンがありましたし、近年でも真田広之さんが捕虜収容所の通訳を演じた『レイルウェイ 運命の旅路』(2013年)があり、この作品でも日本兵による捕虜への虐待シーンがあった。
―日本映画でも坂本龍一、デヴィッド・ボウイ主演の大島渚監督作品『戦場のメリークリスマス』(83年)で捕虜への虐待シーンがありましたね。
マックニール そう、ボウイ演じるイギリス人将校が首から下を生き埋めにされて殺されるシーンとかね…。それらの映画がなんの問題もなく公開されたのに、なぜ今回、『アンブロークン』に対する批判がこれほどまで高まったのか、その理由が今ひとつ理解できないのです。
中国の大学生は、旧日本軍の戦争犯罪について驚くほど詳しい
―日本ではここ数年、いわゆる「歴史認識」に関する議論が活発になっていて、旧来の歴史を「自虐的」だと批判する声も高まっています。この反応をそうした「歴史修正主義」の流れの一貫として捉(とら)えることはできませんか?
マックニール 当然、そういう面はあると思いますが、『アンブロークン』に関して言えば、日本政府の関係者や政治家が表立って映画の内容を批判したり、公的なアクションを起こしてはいない。私の知る限り、一部の雑誌に映画の内容を「反日的だ」と批判する記事が掲載された程度だったのに、それをきっかけにして強い反発が誘発されたように感じます。
もちろん、思い当たるいくつかの理由はあります。例えば、この映画には描かれてないけれど、原作では日本兵が米国人捕虜の肉を食べたとする描写があり、それが「日本兵の尊厳を傷つける」という反応へと繋がった可能性はあるでしょう。
また今、指摘されたように、ここ数年は日本政府や外務省も「歴史認識」の問題について、従来よりも積極的、直接的な反応や態度を見せていますから、日本のナショナリスト、保守、右翼といった人たちが勢いづいているのは事実だと思います。
―確かに、中国が申請した「南京大虐殺文書」のユネスコ記憶遺産登録に対する日本政府の反応も、まるで「虐殺」そのものの事実を否定するかのような態度で、従来の日本政府の反応とは明らかに変わっているように感じました。
マックニール 「歴史認識」の問題で非常に厄介なのは、歴史教育の面で日本と中国が極端な形で、正反対の姿勢をとっていることです。また、私は以前、中国の大学で教えていたことがあるのですが、中国の大学生は南京大虐殺や731部隊(太平洋戦争中、中国大陸で細菌兵器などの開発や人体実験を行なっていたとされる部隊)といった、旧日本軍の戦争犯罪について驚くほど詳しい。
一方、私がこれまで教えてきた東大や上智大、拓殖大などの学生の多くは、戦争中の日本軍の犯罪について驚くほど何も知らない。「731部隊」という言葉すら聞いたことがないという学生が珍しくないのです。
―ええっ? 東大の学生でも731部隊を知らないのですか?
マックニール 本当です。彼らは「受験には必要なかったから」って言うんですね。もちろん、中国の「反日教育」では多くの歴史的事実が誇張され、拡大解釈されて教えられているのは事実で、これは大きな問題です。
一方、日本の教育では、実際にあった否定しようのない事実までが「無かったコト」のように無視されている面がある。こうして、日中双方が非常に偏った形で歴史教育を行なっている限り、この問題について生産的な議論など期待できるはずがありません。
アウシュビッツですら、歴史的事実が捻じ曲げられる…
―ただ、日本やドイツのような敗戦国に限らず、どんな国にもほぼ例外なく「悪事」を犯してきた歴史の「闇」があり、そうした「闇」を直視するのは簡単ではないような気がします。映画でいえば、アメリカのオリバー・ストーン監督が「原爆の悲劇」や「米国の責任」をテーマにした映画を製作するという話が出てから、もう何年も経ちますが、未だに実現していません。それに世界史の中で犯してきた「悪事」という意味では、イギリスやアメリカも相当なモノがあるように思いますが?
マックニール その通りです、イギリスがインドを始めとした旧植民地でやってきた「悪事」は数えきれませんし、フランスも然り。その意味でいえば、アメリカは「チャンピオン」ですが、アメリカの大統領がベトナム戦争や東京大空襲、広島、長崎への原爆投下について公式に謝罪したことなど一度もありません。
自国の歴史の「闇」に正面から向き合うことは、どの国にとっても簡単なコトではない。だから私もこの問題で日本を批判したいのではありません。ただ、ここ数年の日本で歴史修正主義の流れが急激に強まっている、そうした「変化」については十分な注意が必要なように感じています。
―戦後70年を経て、実際に戦争の現実を知る「証人」の世代が、世の中からいなくなりつつある中、過去の歴史を「自分たちの都合のいいように書き換える」歴史修正主義の動きは、日本以外の国でも活発になっているように思えます。海外の事例と比較して、何か感じることはあるでしょうか?
マックニール 戦争を知る世代が減ってゆく中で、各国が「歴史修正主義」との戦いを強いられていますが、日本とイギリスを比べると、いくつかの違いがあるように思います。
ひとつはイギリスの場合、インドやパキスタン、ジャマイカなど、かつて支配した旧植民地からの移民がイギリス社会の中でもそれなりに大きな存在となっているので、歴史認識などの問題に対して、常に国内からの視線や批判に曝(さら)されているという点。もうひとつは、イギリスの社会やメディアでは、より活発で自由な議論が可能だという点です。
ただし、歴史修正主義の波がどの国でも深刻であることは事実。私はアウシュビッツに行ったことがありますが、あれほど多くの具体的な証拠が残されている歴史的事実ですら、「証人」の不在を狙って、それを捻(ね)じ曲げようとする人たちが現れる。
旧日本軍は敗戦時に多くの証拠や書類を燃やすなどして処分してしまったし、生き残った人たちの大半は多くを語らなかったために、歴史を書き換えようとする人たちにとっては都合がいいのでしょう。だからこそ、戦争の真実を知る世代がまだ残されているうちに、彼らの証言を「オーラルヒストリー」として記録し、後世に残していく必要があると感じています。
先日、「河野談話」の河野洋平氏を外国人記者クラブに招いてお話を聞いたのですが、自民党内にも河野氏のように「過去の歴史と真摯に向き合うことが、結果的には日本の国益に繋がる」と考えている人たちがいることを知り、わずかながらも希望を見た気がしました。
●デイビッド・マックニール アイルランド出身。東京大学大学院に留学した後、2000年に再来日し、英紙「エコノミスト」や「インディペンデント」に寄稿している
(取材・文/川喜田 研)