2009年の政権交代で民主党・鳩山政権が誕生し、それが瞬く間に崩壊して以来、日本は急速な変化の渦に巻き込まれているように見える。
9月の安保関連法の成立は、そうした変化を象徴する出来事とはいえないだろうか。
今、この日本の現状をどう捉え、どう行動するべきなのか? 民主党崩壊の“責任者”である元首相の鳩山由紀夫氏と、鋭く時勢を斬る白井聡氏、平和学が専門の木村朗氏に語り尽くしてもらった後編!(前編記事→「改憲したい安倍首相の目的は現実に戦争をすること? 中国脅威論が誇張される背景とは」)
■政治家は今沸き起こっている民意が見えていない
―ただ、日本がそうした役割を果たそうとする際、常に障害となるのが「歴史認識」の問題です。鳩山さんは、この夏、韓国を訪問した際の「土下座」をめぐって国内から強いバッシングを受けましたね。
鳩山 8月12日にソウルへ行きまして、西大門(ソデムン)刑務所の跡地を訪れました。ここは日本の植民地時代に独立を求めていた人たち、特に18歳の女性を拷問(ごうもん)で殺してしまったという場所です。それからもう90年たってはいますけれども、その当時、我々の国がしたひどいことに対して素直にお参りをし、謝罪をしてきました。
日本では「土下座」などと言われましたが、黒い毛氈(もうせん)が敷かれていて、その上に革靴で立ったまま献花などということは私にはできませんでした。韓国ではチョルといいますが、その流儀に則って、自然な気持ちで参拝とおわびの気持ちを表したら、それを「なんで韓国に土下座までする必要があるんだ!」と言う人たちがいるわけです。
でも、私はそういうふうにしか考えられない人たちをかわいそうだなと思うんです。真の勇気を持つという ことは、日本の過去に起こした事実にちゃんと向き合って、間違ったことであれば間違っていましたという気持ちを相手に伝えることだと思っています。その勇気なしに歴史認識の問題を乗り越えることはできないとも思います。
木村 こうした鳩山さんの行動は日本の歴史認識に関して明らかにしたくない「不都合な真実」のドアを開けてしまうからこそ、バッシングという形でみんなが必死にそのドアを閉めようとしているのだと思いますね。
―安保法制は成立しましたが、今後も沖縄の米軍辺野古(へのこ)基地建設の問題や、原発再稼働など多くの議論を呼ぶテーマが残されており、安倍政権にとっても難しい局面が続きそうです。そこで問題となるのが、安倍政権に代わる「民意の受け皿」が見えないことです。
白井 なぜ民主党への政権交代がうまくいかなかったのかというと、僕はやはり民主党が単に労働組合を票田としていたというだけで、現実には市民社会に根差していなかったからだと思います。
政治家はよく、労働組合のような組織については確実に票が読めるのに対して、一般市民のように確実に票になるかどうかわからない層は支持基盤として当てにな らないと言います。しかし、この理屈にとどまるのでは、今沸き起こっている民意を受け止める意志はないと言っているに等しい。3・11以降、社会の状況が 大きく違ってきていることが、彼らには見えていないのではないか。
既存の政党が大きな改革をなせるとはとても思えない
鳩山 それでひと言、言わせていただくと今、政界の中で出てきている政界再編、例えば維新の党が分裂をして、民主党もいったん解党して新たな政党にみたいな話が出てきていますが、こういう 「いったん解党」みたいな話は、「ああ、維新の一部を取り込みたいだけで、どうせ議員同士の数合わせ」と見透かされていて市民社会に期待される動きにはなり得ない。
ですから、まずは「本気でやるのか?」ということが大事。それと、もうひとつは市民社会の側から、ある意味、自然発生的に「俺たちが動かなきゃ」というような人たちが出てくるようになり、そうした動きに呼応する形で「政治」の側が動こうとするならば、状況は変わってくるのではないかと思います。
少なくとも現時点では既存の政党が大きな改革をなせるとは、とても思えない。従って、やはり市民社会の中での活動というものを強化して、本気でやろうという人たちをもう一度つくり上げていくしかないと思っています。
先ほど白井先生がおっしゃったように民主党による政権交代は市民を巻き込むことができなかった。その結果、失敗したけれども、今度は市民を巻き込むというよ りも、むしろ市民主導での大きな動きというものをつくる以外に本当の意味での「民意の受け皿」は生まれないし、この閉塞(へいそく)状況は突破できない。
自分たちの「民意」の受け皿は自分たちでつくる。そうした意識の芽生えが生み出す未来に、私は希望を見いだしたいと思いますね。
(構成/川喜田 研 撮影/岡倉禎志)
元内閣総理大臣 ●鳩山由紀夫(はとやま・ゆきお) 1947年生まれ。2009年の政権交代で第93代内閣総理大臣に就任。沖縄基地問題で「普天間飛行場は最低でも県外移設」と主張するも、10年6月総理辞任。12年の総選挙前に政界引退
京都精華大学専任教員 ●白井聡(しらい・さとし) 1977年生まれ。文化学園大学助教を経て、京都精華大学人文学部総合人文学科専任教員。専門は政治学・社会思想。著書にベストセラーとなった『永続敗戦論』(太田出版)など
鹿児島大学教授 ●木村朗(きむら・あきら) 1954年生まれ。鹿児島大学教授。国際関係論、平和研究。著書に『危機の時代の平和学』(法律文化社)、『市民を陥れる司法の罠 志布志??罪事件と裁判員制度をめぐって』(南方新社)