「ロシア機を墜落させた」と犯行声明を出したイスラム国には旧ソ連の過激派が関わっていると語るゴロヴニン氏 「ロシア機を墜落させた」と犯行声明を出したイスラム国には旧ソ連の過激派が関わっていると語るゴロヴニン氏

戦後70年を迎え、大きな問題が山積する日本の姿を海外メディアはどのように見つめ、報道しているのか?

「週プレ外国人記者クラブ」第8回は、ロシア「イタル‐タス通信」のワシリー・ゴロヴニン東京支局長にロシア機墜落事件が世界に与える影響について聞いた。

─10月31日、ロシアの航空会社「コガリムアビア」の旅客機がエジプトのシャルム・エル・シェイクからロシアのサンクトペテルブルクへ向かう途中でシナイ半島に墜落。乗客・乗員224名全員が亡くなるという事故が起きました。

米英のメディアが早い段階から爆弾テロとの見方をしていたのに対し、当事者であるロシア当局は11月9日になってようやくテロの可能性に言及しました。ロシアが慎重な態度を崩さないのはなぜですか?

ゴロヴニン 米英の報道について言えば、9月30日にシリア領内への空爆を開始したロシアと、IS(イスラム国)への対応を巡って主導権争いをしている状況での“情報戦”の一環という見方ができるでしょう。アサド政権・反アサド勢力・イスラム国という3つの勢力による内戦で政治的空白が生じているシリアにロシアが介入することは米英にとっては明らかに邪魔な行為です。

つまり、米英とすれば「ロシアがシリア領内への空爆を始めたからテロに遭った」と言いたいのでしょう。しかし現在、プーチン大統領の支持率は非常に高いですし、そうした情報の影響によって空爆に反対する国内世論がすぐに高まるということはないと思います。

では、なぜロシア政府はなかなかテロと断定しないのか。事故の状況を科学的に検証すれば、今回の旅客機墜落は事故ではなく明らかに事件。つまりテロであることに疑いの余地はないと思います。

今回、墜落したのは「エアバスA321型」という近代的な大型機です。私は航空の専門家ではありませんが、こういった近代機は相当に大きな事故が起きてもすぐには墜落せず、安全に着陸できる土地を求めてしばらく飛び続けられるように設計されています。

1985年に日本で起きた、日航ジャンボジェットの墜落事故でも圧力隔壁の損傷という大事故に見舞われた後も約20分間、飛び続けました。ところが今回のロシア機は一瞬で墜落しています。これは機内で強力な爆弾が爆発したというケース以外には考えがたいことです。

テロであるなら、実行犯はどのグループなのか。ロシア政府としては、それを解明した上でテロと断定したいのだと思います。また、テロと断定したなら国民に説明する責任が生じます。どのように説明し、テロを行なった組織に対してどのような対応を取るのか。そして、皮肉を込めて言えば、今回のテロを中東での今後のロシアの活動にどう利用するのか。現在はそれらを慎重に検討している段階だと思います。

旧ソ連の最強部隊がイスラム国に?

─テロの実行犯については、墜落の直後にイスラム国傘下の武装組織がインターネット上に犯行声明を出していますが。

ゴロヴニン 私個人は、イスラム国がテロの犯人であるという見方に懐疑的です。その理由はいくつか挙げられます。

まず、イスラム国はその支配領域内で数々の残虐行為を行なっていますが、これまで支配領域の外でテロ活動を行なったことはないという点。イスラム国はアルカイーダのようなテロ組織とは大きく異なる存在です。イスラム国の目的は、あくまでも自分たちの国家を樹立すること。だからこそ、これまでも支配領域外でのテロ活動は行なってこなかったのです。また、ロシアが空爆のメインターゲットとしているのは、イスラム国ではなく反アサド勢力です。

そして、アメリカはロシアより以前、2014年からイラク領内、シリア領内でイスラム国への空爆を開始しており、イギリス・フランス・ドイツ・カナダ・オーストラリア・トルコ・イタリア・ポーランド・デンマークも協力している。つまり、確かにロシア政府は「イスラム国は敵である」と明言しているし、今年9月からシリア領内への空爆も行なっていますが、彼らが恨みを抱いてテロの標的にするなら、ロシアよりもまずアメリカと考えるのが普通ということです。

─では、テロの真犯人はどの組織なのでしょう?

ゴロヴニン それはまだわかりません。アメリカが世界中に敵を持っているようにロシアにも多くの敵がいる。ロシア連邦内にも北コーカサスのチェチェンなどに過激派組織が存在します。この組織は2010年にモスクワ市内の地下鉄駅2ヵ所で37名の命を奪う自爆テロを行なったとされています。旧ソ連に含まれていた中央アジアにも過激派組織がある。

一部の情報では「イスラム国の武装組織で最強の戦闘能力を持つ部隊はチェチェン人で組織されている」と言われています。旧ソ連時代の軍事訓練を受けた部隊で、経験も豊富で統制が行き届いている。アラブ人の部隊とは戦闘能力の点で比較にならないほど強力だと言われています。

エジプト経済が大打撃で中東は混迷を極める

─この事件は今後、中東にどのような影響を及ぼしますか?

ゴロヴニン 長期的に考えれば、エジプト政府が被るダメージも大きいでしょう。観光客が激減し、経済的に大きな損害を受けるのは間違いありません。墜落した旅客機の離陸地シャルム・エル・シェイクは毎年多くのロシア人観光客が訪れるリゾートです。

ここでは一年中、海水浴を楽しむことができ、ちょうど日本人にとってのハワイのような観光地。ロシア人にとってエジプトは、国内の黒海沿岸のリゾートよりも安く行けて、もっとも人気の高い観光地なのです。実際、シャルム・エル・シェイクを訪れる外国人観光客数の1位はロシア人で年間約8万人。2位はイギリス人ですが、年間約1万人に過ぎません。

─1997年には同じくエジプトのルクソールで「イスラム集団」という過激派組織によるテロがあり、日本人10名を含む観光客61名が殺害されたこともありました。

ゴロヴニン 今回の事件でも、ロシア人やヨーロッパ人の観光客が激減すれば、エジプト経済は大打撃を受けます。そしてそれが中東や世界に及ぼす影響はどれほどなのか、まだ見極められない状況にあります。

─ところで、今回の旅客機墜落に関する日本の報道は非常に淡白ですよね。「米英はテロとの見方を強めている、ロシアは慎重な姿勢を崩していない」といった報道で、日本としての主観は見当たりません。

ゴロヴニン 日本の報道としては珍しいことではありません。また、日本人の多くは遠い国の出来事と感じているかもしれません。しかし、航空業界は世界をつなぐものです。日本人にとっても決して他人事ではないでしょう。

●ワシリー・ゴロヴニン イタル‐タス通信東京支局長。着任は旧ソ連時代末期の1991年。以来、約四半世紀にわたって日本の政治・経済・文化をウォッチし続けている

(取材・文/田中茂朗)