「ジャパン・ハンドラーズの顔色ばかりうかがっているのは大きな間違い」と語るファクラー氏

戦後70年を迎え、大きな問題が山積する日本の姿を海外メディアはどのように見つめ、報道しているのか?

「週プレ外国人記者クラブ」第9回は、前「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長、マーティン・ファクラー氏が、安倍政権を牛耳(ぎゅうじ)っていると言われる「ジャパン・ハンドラーズ」の正体を暴く!

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─11月3日、秋の叙勲でアメリカのラムズフェルド元国防長官とアーミテージ元国務副長官に旭日大綬章が授与されることが発表されました。どちらも現在のオバマ政権とは関係のない人物。なぜ、いま彼らに勲章を贈ったのでしょう?

ファクラー 逆に、こちらが訊きたいですよ。ラムズフェルドはジョージ・W・ブッシュ政権で国防長官を務め、アフガニスタン侵攻、イラク戦争に踏み切って中東の泥沼にアメリカを巻き込んだ張本人。今でもアメリカ国内では、彼の名前を聞いただけでブーイングする人も少なくない。叙勲というのは、どこが決めているのですか? 現在の天皇陛下はとてもリベラルな方だと思います。彼が自発的にラムズフェルドに勲章を贈るとは考えられない。

─叙勲を決めるのは内閣府の賞勲局です。ただし、今回のラムズフェルド、アーミテージに関しては外務省の儀典官室から強い推薦があったと言われています。

ファクラー なるほど、やはり安倍政権の考え方はネオコン(新保守主義)に近いということですね。特にラムズフェルドはイラク戦争でアメリカの一国大国主義、つまり軍事力を使って民主主義を拡げるという誤った戦略を立案した中心人物で、まさにアメリカの力を誇示したいと考えるネオコンの代表格と言っていいでしょう。

しかし、ふたりとも明らかに共和党寄りなので、現在の民主党・オバマ政権とは関わりのない人物。彼らに勲章を贈っても、安倍政権とオバマ政権の関係に好影響を与えることは考えられません。では、なぜ? 実は、永田町の政治家たちと話していると「共和党のほうが親日的だ」という考えを持っている人が多いことに驚かされます。私に言わせれば、この考えはハッキリ言って間違い。共和党だから親日、ということはありません。

日本は根本的間違いを犯している

─アーミテージは、いわゆる「ジャパン・ハンドラーズ」ですね。日本と太いパイプを持ち、自分たちの要求に日本を従わせることのできる存在と言われています。実際に、安倍政権が集団的自衛権の行使を認めた背景には、日米同盟における日本の役割の拡大を求めた2012年の「第3次アーミテージ・レポート」があると見られている。

ファクラー 確かに、ジャパン・ハンドラーズという存在は圧倒的に共和党に多く、民主党にはごく少数しかいません。もしかしたら、ハンドラーズの要求に応えれば褒(ほ)めてもらえるので「共和党は親日的」と考える政治家が多いのかもしれませんね。

しかし、ハンドラーズはアメリカの官僚機構、エリート層のごく一部に過ぎません。彼らとだけ親密になることは、日米関係全体を見れば、決して日本の国益にはつながらない。日本はアメリカとの関係構築において、いくつかの根本的間違いを犯しています。ハンドラーズを重用し過ぎるのもその一例だし、アメリカの議会との関係が弱いのも大きな問題です。

日本は議院内閣制なので立法(国会)と行政(内閣)の関係が非常に近い。これに対して大統領制のアメリカでは、立法(議会)と行政(ホワイトハウス)はまさに権力分立を体現していて、政策を巡って対立することも珍しくありません。この違いを理解していないと、アメリカとの関係を考える時に、どうしてもホワイトハウス重視になってしまう。そして、次の大統領が民主党になるか共和党になるかということばかりを考えてしまうのです。

2016年は大統領選挙の年ですが、次の大統領が共和党のジェブ・ブッシュになってもアメリカの基本的な政策、特に日本に対する姿勢は変わりません。もし、ドナルド・トランプが大統領になれば変わるかもしれませんが、その可能性は低いでしょう。

その一方で、大統領の政策に対してストップをかけることもあり、実際にその権限を持つ米議会の動向は、今後の日米関係に大きな影響を与えるものです。現在、沖縄の米軍・普天間基地の辺野古移設を巡って日本政府と沖縄県の対立が続いていますが、日本がこの問題を通じてアメリカとの関係を考える時にも、本当は米議会の動向を視野に入れておかなければいけないのです。

実際、2011年5月にはカール・レヴィン、ジョン・マケイン、ジム・ウェッブという3人の上院議員が東アジアにおける米軍基地の再編計画に対して縮小の方向で再検討を要請し、移転や基地建設のための予算を2015年まで凍結させたこともあります。つまり、米議会はそれほどの大きな権限を持っている。また、レヴィンとウェッブは民主党ですが、マケインは共和党。超党派の議員たちによる動きで、日本の政治家たちが抱いている党ごとの色分けは当てはまりません。

いま紹介した一件は、日本にとっても重要な意味を持つもののはずです。なのに、日本の政治家はホワイトハウスやハンドラーズの顔色ばかりをうかがっている。これは大きな間違いです。

中国や韓国のほうが米議会への働きかけが巧み

─今年の8月19日には、国会の安保法制に関する特別委員会で山本太郎参議院議員が「安保法制は第3次アーミテージ・レポートの完コピではないか」という発言をしています。

ファクラー 私は、ハンドラーズが悪いと言うつもりはありません。問題は、日本が彼ら以外にアメリカに働きかけを行なうチャンネルを持っていないことです。まず、現在の民主党・オバマ政権と接触を図る時に、共和党勢力であるハンドラーズに頼るのは根本的に誤った方策。日本がこれから“オトナの国”になるためには、外交面でもより幅広い人脈・チャンネルを持たなければいけません。

先ほど述べた米議会との関係も、そのひとつ。実はアメリカとの関係を自分たちの国益につながるように巧みに操作している国々は、米議会に太いパイプを持っています。代表的なのは、まずイスラエル。周囲をイスラム教国家に囲まれた彼らにとって、アメリカからの支援は欠かせぬものですが、実際にアメリカを動かすことで自分たちの安全を確保している。

また韓国、そして中国も、日本よりは米議会への働きかけが巧みです。そして議会以外にも、アメリカでは民間のシンクタンクも政策に大きな影響を与える存在です。

冷戦の時代までは、日本はハンドラーズのようなペンタゴン筋の人物との接触だけでアメリカとの関係を保てたのかもしれません。日本に“原発村”が存在するように、アメリカにも“安全保障村”がある。日本にとっては、そことの関係がイコールアメリカとの関係だったのでしょう。

しかし、その“安全保障村”が今、何を考えているか。彼らの視線は日本・東アジアではなく、中東を向いていると思います。これからの時代は、より幅広いチャンネルを通じてアメリカとの接触を図らなければ、アメリカの動向を知ることはできないし、日本の国益につながる関係は構築できない。時代は大きく変わっているのです。

■マーティン・ファクラーアメリカ・アイオワ州出身。東京大学大学院で学び、1996年からブルームバーグの東京駐在員。その後、AP通信、「ウォールストリート・ジャーナル」を経て、「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長を務めた。15年7月に同紙を退職。現在は民間シンクタンク「日本再建イニシアティブ」の主任研究員。著書に『崖っぷち国家 日本の決断』(孫崎享と共著 日本文芸社)などがある

(取材・文/田中茂朗)