「政権交代のたびにその時の与党が影響力を強め、NHKの放送内容が左右されてしまいかねない」と語る、上村氏 「政権交代のたびにその時の与党が影響力を強め、NHKの放送内容が左右されてしまいかねない」と語る、上村氏

2014年に籾井勝人(もみいかつと)会長が就任して以来、その報道内容や放送の独立性をめぐって、何かと話題の多いNHK。

「政府が『右』と言っているものを我々が『左』と言うわけにはいかない」という籾井会長の就任直後の発言に始まり、その後も人事などで“わが道をゆく”籾井氏の存在は、公共放送としてのNHKの在り方を大きく変質させようとしている。

そんなNHKの経営委員を3年間にわたって務め、自身も籾井会長の選任に関わった上村達男早稲田大学教授が当時、NHKの内部から見た一連の動きを明らかにし、上村氏の専門分野である「企業ガバナンス」の視点からNHKの危機に警鐘を鳴らす。

―上村さんが今年2月にNHKの経営委員会委員長代行を辞められてから今、あえてこの本を書こうと思われたのはなぜですか?

上村 私は2012年3月からの約3年間、NHKの経営委員を務めましたが、その間、会長が松本正之さんから籾井さんへと代わり、その選任にも経営委員として携わりました。

その後、籾井体制になってから様々な議論があり、私もその渦中にいたわけですから、当然、ひとりの経営委員として相応の責任も感じています。

NHKの経営委員というのは、私のような研究者から経済人、芸術家、作家など、大変幅広い分野の方々が集まっています。私は専門である企業ガバナンスの研究者として、NHKの内部で見たことを検証することが、自分にできる責任の取り方だと考えたのです。

―それはNHKの現状に対する強い危機感の表れと理解してもよいのでしょうか。

上村 もちろんです。今回、本のタイトルは『NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか』という、やや刺激的な言葉になりましたが、法、ルール、規範が失われたガバナンスという意味では、今、NHKで起きていることはNHKだけの問題ではありません。この国の政治や社会も含めた、より大きな問題にもつながっていると感じているのです。

―NHKの経営委員は内閣総理大臣が任命し、国会の同意人事を得るという仕組みになっていますが、会長はその経営委員が選任します。上村さんも、その経営委員のひとりだったわけですが、なぜ籾井氏が会長に選ばれたのでしょうか?

上村 守秘義務があるので、選考過程の詳細を明らかにすることはできませんが、会長の選任は基本的に経営委員が何人かの候補を選び、そこから話し合いによって候補をひとりに絞り込みます。その中で籾井さんを推薦された方がいて、彼が最終的に候補になったのです。

ただ、籾井さんの経歴を見る限り、三井物産で副社長を務め、米国三井物産の社長として国際経験も豊富ですし、日本ユニシス社長だったのでITにも強い、とキャリアとしては申し分ないかに見えました。

12人の経営委員全員に推薦権があるのですが、そのひとりひとりが国会同意を得た、バランス感覚のある優れた人材のはずですから、「人格的に問題のある人を推薦するはずがない」と信じて、私も籾井氏の会長選任に賛成したのです。

籾井さんは自分と違う意見の人を「敵」としか見ない

―NHK経営委員の選任には国会の同意が必要ですが、第2次安倍政権になってから、従来守られてきた「与野党合意」ではなく、「与党単独」での国会同意で経営委員が選任されるようになりました。それが籾井会長の選考に影響したという側面はないのでしょうか。

上村 確かに、これまで「与野党合意」というのが原則だった経営委員の選任やNHK予算の承認を、安倍政権が政権与党単独で行なうようになったことの意味は大きいと思います。

公共放送であるNHKは国が集めた税金ではなく、国民の皆さんが支払う受信料で成り立っています。それを国の予算案と同じように国会が「多数決」の論理で承認するという考え方が、そもそも間違っている。

NHKに関する国会の同意事案について、これまで「与野党一致」を原則にしてきたのは、放送や報道の自由を守り、政権与党が一方的な影響力を行使しないように野党の少数意見も尊重する必要があるという認識が共有されていたからです。

そうでなければ、政権交代のたびにその時の与党が影響力を強め、NHKの放送内容が左右されてしまいかねない。

―ちなみに、NHKの経営委員は会長の選任権とともに罷(ひ)免の権利も持っていますが、あれだけ籾井会長の言動が問題になった後でも、経営委員の中から会長を罷免すべきという声は出なかったのでしょうか。

上村 就任直後からいろいろな問題がありましたが、当初は私も含めた経営委員の多くが「なんとか籾井さんに反省してもらって、体制を立て直そう。我々で応援して良い会長になってもらおう」と思っていました…。それに、NHKの実務に関しては理事の皆さんがしっかりしているから、それほど心配ないだろうとも思っていた。

ところが、籾井さんは基本的に人の意見を聞かないどころか、自分と違う意見の人を「敵」としか見ないので議論にならない。理事の人事に関しても「経営委員会の同意を得て、会長が任命する」という放送法の規定があるにもかかわらず、理事にあらかじめ辞表を提出させるなど、NHKの組織ガバナンスを無視するかのような独断専行を行なうようになった。それに異を唱えた私もまた「敵」と見なされるようになりました。

ただ、私も含めて経営委員の中から「罷免」を求める動きはありませんでした。仮にそうした提案をする場合には、確実に罷免に持っていける道筋を描いていなければ、ただの信任決議になりかねません。そうした構図は最後まで描けなかったというのが正直なところです。

―ところで、この一連の問題は籾井会長個人の資質の問題なのでしょうか? それともこれは、もっと大きな問題の表れなのでしょうか?

上村 おそらく、その「両方」だと思います。ただ、籾井さんのような存在を政治の側が容認しているのは事実です。この本の第3章でも示しましたが、日本の政治全体が抱えるガバナンスの問題や、それを底流で支える「反知性主義」ともつながっている。その意味でこれは、NHKのみならず、日本全体が直面している問題なのです。

●上村達男(うえむら・たつお) 1948年生まれ。前NHK経営委員会委員長代行(2015年2月末まで)、早稲田大学法学部教授。専門は会社法・資本市場法。著書に『会社法改革 公開株式会社法の構想』(岩波書店)、『インサイダー取引規制の内規事例』(商事法務研究会)、『株式会社はどこへ行くのか』(共著、日本経済新聞出版社)など

■『NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか法・ルール・規範なきガバナンスに支配される日本』(東洋経済新報社 1500円+税)

「政府が『右』と言っているものをわれわれが『左』と言うわけにはいかない」、放送内容について「日本政府とかけ離れたものであってはならない」、特定秘密保護法について「まあ、一応通っちゃったんで言ってもしょうがない」といった発言で、世間の批判を浴びているNHKの籾井勝人会長。NHK経営委員として会長の選考や内部の様子をつぶさに見てきた著者が、企業ガバナンスの視点からこの問題を検証する