気付けば“改革メニュー”のひとつを削除していた安倍政権に危機感を抱く古賀氏

安倍政権が景気回復のために掲げたアベノミクスーー。

特定秘密保護法や安保法制などが注目され、すっかり影をひそめていたが、2015年の改訂版が先日発表された。

『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏は、その内容に危機を感じたという。

***アベノミクスの3本目の矢は成長戦略だ。その成長戦略を具体化したものが「日本再興戦略」である。官邸の肝煎(きもいり)で2013年に策定されたもので、いわゆる「岩盤規制」の緩和、「稼ぐ力」の強化、「世界でトップレベルの雇用環境」の実現など様々な改革メニューが並んでいる。

そこに「日本産業再興プラン」のひとつとして「立地競争力強化」の方針が打ち出されている。立地競争力とはグローバル企業などを呼び込む力のことで、この競争力のある国は世界から企業進出や投資が相次ぎ、国力が増す。

2013年の「日本再興戦略」ではこの立地競争力について、「2020年までに、世界銀行のビジネス環境ランキングにおいて、日本が先進国3位以内に入る」と明記されており、その記述は改訂14年版にも引き継がれていた。

だが、つい先日発表された2015年版を見て、思わず首をひねってしまった。なぜか、その部分の記述だけが数値目標ごと本文からすっぽりと抜け落ちている。

実は、世界銀行のランキングによれば、日本の立地競争力はここ数年、強化されるどころか189ヵ国中24位(13年版)、27位(14年版)、29位(15年版)、34位(16年版)と、逆に順位を落とし続けているのだ。

同じアジア勢ではシンガポール(1位)、韓国(4位)、香港(5位)、台湾(11位)、マレーシア(18位)が食い込んでいる。

このランキングを細かく見ていくと、日本は電力供給の安定度は14位と高ランクに位置するが、納税手続きの簡易さや法人税の安さなどを示す「税金の支払い」は121位、新しい企業の開業のしやすさは81位と全体的に低迷している。

おそらく、官邸サイドはこのままでは2020年までに目標達成はとても無理と判断し、“なかったことにしてしまえ”と記述そのものをばっさり削ってしまったのだろう。

達成できない目標を削除する政府

「日本再興戦略」では、世界銀行が公表した日本の順位をそのまま採用せず、政府が独自にランキングを再編集し、「先進国では15位」という数字に置き換えていた。少しでも日本の順位を高く印象づけたかったのだ。

よくよく考えれば安倍政権はここしばらく特定秘密保護法や安保法制の成立などに忙しく、成長戦略についてはほとんど仕事らしい仕事をしていない。

また、政府が力こぶを入れるのは経団連に加盟する大企業の支援中心で、世界銀行がランク付けにあたって重視するニュービジネスの起業や中小企業の事業環境整備には冷ややかだった。

安倍首相は国会での施政方針演説などで「企業が世界で一番活躍しやすい国を目指す」とたびたび表明してきた。にもかかわらず、世界銀行がランキングの格下げという評価を下したのは改革が遅々として進んでいないからだ。その間、着実に努力を積み重ねた途上国に追いつかれようとしている。例えば、ロシアは11年の120位から今年はついに51位まで上がってきた。

本来なら、政府はその低評価を覆(くつがえ)す手立てをすぐにでも講じるべきだ。なのにそれをせず、「立地競争力」の記述を数値目標ごと「日本再興戦略」から削ってしまった。

本質から目をそらすこんなやり方を続ければ、来秋に発表されるビジネス環境ランキングで日本がさらに順位を下げ、「ロシアがライバル」なんてことにもなりかねない。これこそ本当の日本の「危機」ではないか。

古賀茂明(こが・しげあき)1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元幹部官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して2011年退官。著書『日本中枢の崩壊』(講談社)がベストセラーに。著著に『国家の暴走』(角川oneテーマ21)

(撮影/山形健司)