相次ぐテロを受け、対イスラム国(IS)で一致団結…したはずの国際社会が一気にグラついてきた。その発端がトルコによるロシア軍機の撃墜だ。
11月24日、シリア・トルコ国境付近でトルコ空軍F-16戦闘機が「領空侵犯」を理由にロシア空軍Su-24戦闘機を撃墜した。しかし、そもそもロシア機がトルコへ領空侵犯したのはこれが初めてではない(しかも、トルコ空軍自身も昨年だけで2千回以上もギリシャ領空を侵犯している)。
では、なぜトルコはこのタイミングで撃墜を決行したのか? 伏線と思われるのが、11月13日にトルコのアンタルヤで開かれた主要20ヵ国・地域首脳会議(G20)。この席上で、ロシアのプーチン大統領がこう発言したのだ。
「G20加盟国も含め、ISに資金提供している国は40ヵ国に上る」
国際ジャーナリストの河合洋一郎氏はこう語る。
「プーチン大統領は、ISの資金源となっている石油の密輸について衛星写真を使って説明しました。国名こそ伏せていましたが、この話のメインターゲットがトルコだったことは明白。自国開催のG20でそんなことを言われ、トルコのエルドアン大統領は激怒したわけです」
また、10日後の23日にはプーチン大統領がイランを8年ぶりに訪問し、最高指導者のハメネイ師と会談。対ISの共同作戦について話し合ったと思われる。元外務省主任分析官の佐藤優氏はこう解説する。
「この時はパリ同時多発テロ、エジプトでのロシア機爆破テロを受け、ロシア、フランス、イランの3国が対IS作戦で共闘するという流れがありました。しかし、シリア情勢に関してロシアとイランが完全に主導権を握ることは、トルコとしては避けたい事態だったはずです」
結果として、トルコのロシア軍機撃墜はロシア・フランス・イランの“対IS同盟”結成を阻んだことになる。トルコはNATO(北大西洋条約機構)に参加しているため、同じNATO参加国のフランスが露骨にロシアと接近するわけにいかないからだ。
一体、これは何を意味するのだろうか? 前出の佐藤氏がこう語る。
「普通なら、撃墜されてパイロットを殺されたロシアのほうが騒ぐはずです。しかし、今回の事故直後はむしろ、攻撃した側のトルコが騒ぎ立てて、話を大きくしようとしていた。ここに謀略のにおいが感じられます。知恵のある者が、知恵のある場所で、知恵のあることをやっている――それが一体、誰なのかは私にもわかりませんが」
悲劇さえも「利用」しようとしている
前出の河合氏も背後にうごめく“大きな影”の存在をにおわせる。
「シリアのアサド大統領を引きずり下ろし、ペルシャ湾から地中海まで続くイラン、イラク、シリア、レバノンのヒズボラという“シーア派ベルト”に楔(くさび)を打ち込もうと努力してきたサウジアラビアなどの湾岸諸国やトルコ。戦争をしてまでコントロール下に置こうとしたイラクやシリアをロシアに横取りされたくないアメリカ…。口では『対IS戦の大同団結』と言いつつ、ロシア、フランス、イランの同盟を潰したかった国は少なくないはずです」
確かなことは、「国際社会が対ISで一枚岩になった」という“ハリボテ演出”がもろくも崩れ落ちたこと。そして各国がそれぞれの思惑の下で、悲劇さえも「利用」しようとしていることだ。
ISの相次ぐテロ、そしてロシア軍機撃墜事件によって国際情勢は緊迫感を増し、各国の“発火点”は確実に下がっている。あちこちに存在する火種が連鎖的に爆発を起こし、世界が不安定化する兆候は十分にある。
果たして、後になって「あれが第3次世界大戦の始まりだった」と記憶されることになるのだろうか? 発売中の『週刊プレイボーイ』51号では、ISのテロ事件をきっかけに今後、第3次世界大戦へと発展する可能性を徹底検証。国際社会を覆う不穏な空気の正体を探っているのでお読みいただきたい。
(取材/小峯隆生)