戦後70年を迎え、大きな問題が山積する日本の姿を海外メディアはどのように見つめ、報道しているのか?
「週プレ外国人記者クラブ」第12回は、前「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長、マーティン・ファクラー氏が、米軍基地移設問題と「沖縄独立論」を考察する。
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─米軍の普天間基地移設を巡り、政府と沖縄県の対立が続いています。移設先の辺野古(へのこ)沿岸部の埋め立て承認を翁長(おなが)知事が取り消したのは違法として、国が撤回を求めた「代執行」訴訟が始まりました。沖縄の民意を無視した基地移設は、このまま強行されてしまうのでしょうか?
ファクラー 今後の展開を予想する上でキーポイントとなる要素があります。それは、辺野古移設に反対するデモ参加者の人数です。現在、キャンプ・シュワブゲート前に座り込んで抗議をしているのは数百人の規模。数千人が集まったこともありますが、毎日参加しているのは200人程度でしょう。この程度の人数では、国は「辺野古移設に反対しているのは、ごく一部の人々」と考え、埋め立て・基地建設を強行するでしょう。
しかし、5月18日に那覇市の野球場で開かれた反対集会には、主催者側の発表で3万5千人が参加した。この時のように数万人という人たちが常時デモに参加し、反対の声を上げれば、状況は変わってくると思います。国も移設反対を沖縄の民意として受け止めざるを得なくなるでしょう。
また、辺野古沿岸の埋め立てに使う土砂はダンプカーで運んでいます。当初はベルトコンベアを設置して山側から運ぶ予定でしたが、地元自治体が許可しなかった。ダンプカーで運ぶのなら、数万の人が道路に座り込んで反対の意思を示せば、埋め立て工事に現実的な支障も生じるはずです。
─11月14日にはSEALDsが辺野古・東京・名古屋で移設反対を訴えるデモを行ないました。
ファクラー そう、反対の声が日本全国に拡がることも政府は怖れています。もし、沖縄で数万の人が集まって反対デモを行なえば当然、全国区のメディアもこれを伝えるでしょう。それを見て本土の人たちの間で沖縄への共感が拡大していくことは、政府としては絶対に避けたい事態でしょう。
過去には、1995年に起きた米兵による少女レイプ事件をきっかけとした抗議集会に約8万5千人が参加した。2012年9月のオスプレイ配備反対デモも約10万人の参加者があった。前述の野球場での反対集会も含めて、沖縄の人たちには数万人という単位で声を挙げた実績があるのです。必要なことは、それを継続していくことだと思います。
米は「中国の支配下で構わない」?
─しかし、辺野古移設に関する世論調査は、実施メディアによって数字のバラつきはありますが、9月に時事通信が実施した調査では「移設を進めるべき」との回答は約40%でした。まだまだ沖縄と本土の意識には隔たりがあるように思います。
ファクラー その背景にあるのは、やはり中国の台頭でしょう。中国の脅威に対して安全保障の意識を高めるのは当然のことです。しかし問題は、面積でいえば日本全土の0.6%に過ぎない沖縄県に在日米軍基地の75%が集中しているという、偏(かたよ)り過ぎた現状です。
若い世代は記憶にないかもしれませんが、かつては東京でも米軍施設が広大な敷地を持ち、多く存在していました。例えば、現在の代々木公園。ここは64年の東京五輪で選手村が建設されるまで「ワシントンハイツ」と呼ばれた米軍関係者の宿舎でした。練馬区にある光が丘団地も73年に返還されるまでは「グラントハイツ」という米軍宿舎があった土地です。また、昭和記念公園は77年に返還された米空軍立川基地の跡地に造営されたものです。
このように、かつては東京も含めて日本全体に多くの米軍施設が存在していた。それが52年に日本が主権を回復して以降、本土の施設は次々と返還され、沖縄だけに米軍基地が集中するという偏った事態が進展していった。本来は平等であるべき各地域住民の権利を考えれば、明らかに間違った方向性です。
これまで日本政府は沖縄県民以外の国民に対して甘いことを言い過ぎてきた。それは沖縄県民だけに米軍基地を受け入れる負担を強(し)いてきたことの裏返しです。中国の脅威を感じているのなら、日本という国全体で安全保障を考えるべきです。そこには日米安保条約の見直しも含まれるでしょう。沖縄だけに米軍基地を押しつけて、それで日本の防衛力を担保しようというのは虫のいい考えだし、日本国民全体としても思慮に欠ける選択ではないでしょうか。
─日本政府はやはり「アメリカに守ってもらいたい」と考えているのではないでしょうか。その考えを示すものが辺野古沿岸埋め立てに向けた強行姿勢であり、集団的自衛権の行使容認やTPP参加もその一環と見ることができます。では、アメリカはどうなのでしょう? 沖縄に基地を置き続けたい?
ファクラー 確かに、安倍政権は以前からアメリカがリクエストしてきたことを次々と実行しており、「アメリカに守ってもらいたい」のだと思います。しかし、私は軍事の専門家ではありませんが、中国の軍備拡大を現実的に考えた時、沖縄は明らかに近過ぎます。中国がミサイルを発射すれば、数分で沖縄に着弾するでしょう。そこに大きな兵力を配備しておくことは、米軍の軍事戦略として賢明な選択とは言えないはず。
そしてアメリカが間違いなく、最も強く意識していることは「中国との戦争は避けたい」ということ。極端に言えば、アメリカが「西太平洋は中国の支配下で構わない」と考えていても不思議はありません。ハワイまでが米海軍の支配下で、以西は中国が支配したいのならどうぞ…というスタンス。世界はアメリカと中国という2大国、つまりG2によって分割支配されるという考え方です。
独立を支持する県民は確実に増えている
─日本の思惑とは裏腹にアメリカはこの地域をそれほど重要視していない…と。この意識のズレは沖縄県民の意識にも反映されているように思えてきます。かつての沖縄における基地反対運動は主に米軍に向けられたものでしたが、現在の辺野古移設に反対する人たちはアメリカよりも、むしろ日本政府に抗議していますよね。
ファクラー そう思います。ひとつには現在、自民党所属の国会議員に沖縄の選挙区から選出された議員がほとんどいないことも影響しているでしょう。沖縄・北方担当大臣に就任した島尻安伊子氏がいますが、2014年の衆院選では沖縄の4つの選挙区で自民党の候補は全滅しています。4人とも比例九州ブロックで復活当選しましたが、現在の国政に沖縄の声は反映されていないと言っていいでしょう。
その状況で辺野古沿岸の埋め立てを強行しようとする政府は、沖縄の人たちにとっては“自分たちの外部にある権力”でしかありません。その結果、「ウチナーとヤマト」という琉球王国時代の枠組み・意識が沖縄で急速に甦(よみがえ)ってきているのを感じます。
─沖縄は琉球王国という日本とは別の独立国家でした。他の国を見てみると、14年にはイギリスからの独立を目指したスコットランドが住民投票まで行なったし、15年にもスペインのカタルーニャ州で独立賛成派が州議会の議席の過半数を獲得するという事態が起きています。固有の文化・歴史を持つ民族の独立運動は世界的なトレンドになっているといえるでしょう。ズバリ、「沖縄独立」の可能性は?
ファクラー 現段階では現実的とは思えません。しかし、私は97年に初めて沖縄に行って以来、取材とプライベートを合わせれば20~30回、訪れています。現地の人々と対話を重ねてきましたが、ここ3、4年で大きな変化を感じています。それは、ごく一般的な沖縄県民にとっても「独立」というキーワードが身近なものになってきていることです。
沖縄の独立運動は、1879年の琉球処分の後や戦後のアメリカ統治時代にありましたが、1972年の日本復帰後は政治運動というより、主に琉球文化の復興運動になっていきました。3、4年前までは、沖縄独立を主張するのはごく少数の人に限られていたと思います。
それが、2010年に当時の鳩山首相が普天間基地の移設問題に関して「最低でも県外」という公約を反故(ほご)にして以降、急速に風向きが変わったように感じます。最近では、居酒屋のような場所でごく普通の沖縄県民が独立について話す機会が増えている…そんな印象です。実際、世論調査の結果を見ても、沖縄独立を支持する県民は確実に増えています。
アメリカにもハワイで独立運動の兆(きざ)しがあります。ハワイは1898年にアメリカに併合されるまで独立国家だった。同じ海洋国家だった点も含めて、沖縄とは共通項が多いように感じます。
世界各地で民族独立の気運が高まっている背景として、逆説的に聞こえるかもしれませんが、グローバル化との関連が挙げられるはずです。従来の国家単位の世界像は急速にリアリティを失いつつあり、「世界」はパソコンの中にあると言ってもいい時代です。だからこそ、その裏返しのように固有の文化や歴史を持つローカルなコミュニティの結束が強まっているのだと思います。
沖縄経済を支えているのは中国マネー
─沖縄の独立論は中国にとっても関心が高いのではないでしょうか? あの地域にかつての琉球王国と同じような親中国家が誕生すれば、尖閣諸島の領有権問題も解決するし、東アジア全体における中国のプレゼンスがさらに増します。かつてCIAが中南米で反共勢力を支援したように中国も沖縄の独立運動に資金と工作員を投入していたり…?
ファクラー 確かに、沖縄が独立して親中国家が誕生すれば、中国の国益にはプラスとなります。しかし、現実的に今の時点で中国マネーが沖縄の独立運動に入っているかといえば、疑問ですね。独立論が県民の意識に芽生えてきたとはいえ、潤沢(じゅんたく)な資金を提供されて、組織だって行なわれているようには思えませんし。ただし、沖縄にとって中国という存在が急速に身近なものになっているのは間違いありません。
かつての琉球王国は日本よりも中国と密接な関係にありました。中国の明朝政府に対し、琉球王国が使節を送った回数は171回に上り、東アジアで中国との関係を最も重視した国家でした。琉球に次ぐ回数は安南(現在のベトナム)の89回ですが、大きな開きがある。ちなみに日本はわずか19回に過ぎません。琉球政府は江戸にも使節を送っていますが、中国に送った回数と比べれば、差は歴然としています。
そして現在、日本全体でも外国人観光客の数は激増していて、2015年上半期は前年比約50%増の914万人が訪れたとされていますが、沖縄県だけを見れば前年比約80%増。そのほとんどが中国・台湾・シンガポールなど中華圏からの旅行者です。
96年に沖縄では米軍基地の整理・縮小と日米地位協定見直しの賛否を問う県民投票が行なわれましたが、この時点ではまだ沖縄の経済は米軍基地に依存するところが小さくなかった。投票の結果は投票率59.53%で、賛成が48万2538票、反対が4万6232票というものでしたが、米軍基地の存在が生活の支えになっている県民の多くが棄権に回ったのではないかと言われました。
しかし、現在の沖縄経済は米軍基地ではなく、中華圏からの観光客に支えられていると言っていいでしょう。私も、今年10月に沖縄を訪れた時、中国系観光客の“爆買い”を目の当たりにしました。彼らはホテルの駐車場にチャーターしたコンテナを置き、その中に購入した土産品を詰め込んでいたのです。
つまり、少なくとも経済面に関していえば、沖縄にとって米軍基地はますます“要らない存在”になりつつある。そして、その“要らない存在”を沖縄県にだけ押しつけようとしているのが日本政府なのです。
■マーティン・ファクラー アメリカ・アイオワ州出身。東京大学大学院で学び、1996年からブルームバーグの東京駐在員。その後、AP通信、「ウォールストリート・ジャーナル」を 経て、「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長を務めた。15年7月に同紙を退職。現在は民間シンクタンク「日本再建イニシアティブ」の主任研究員。著書に 『崖っぷち国家 日本の決断』(孫崎享と共著 日本文芸社)などがある
(取材・文/田中茂朗)