フランスの憲法改正の動きには、反対の立場を取るメスメール氏 フランスの憲法改正の動きには、反対の立場を取るメスメール氏

「イスラム国」(IS)の脅威という大きな課題を抱えたまま、世界は2016年を迎えた。

昨年11月のパリ同時多発テロから2ヵ月、テロとの戦いへと踏み込んだフランス社会に今、どんな変化が起きているのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第16回は、「ル・モンド」紙の東京特派員、フィリップ・メスメール氏に話を聞いた。

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―クリスマス休暇を使ってフランスに一時帰国されていたそうですね。テロ事件後のパリは初めてだったと思いますが、現地の雰囲気はどうでしたか?

メスメール 普段ならこの時期のパリには多くの観光客が訪れますが、街は明らかに人が少なかったですね。駅などには重武装した警官の姿がありましたし、多くのお店やショッピングモールでは入口でセキュリティチェックが行なわれるようになっていました。

今回はパリの他に、テロ容疑者が拠点にしていたと言われるベルギーのブリュッセルにも行ってきました。テロへの警戒や緊張感という意味では、ブリュッセルのほうがさらに強かったように感じました。街の規模がパリより小さいということもあると思いますが…。

―ご家族やご友人とテロについて話す機会もあったのではないかと思います。あの事件についてどんな風に語っていましたか? また、現地でイスラム教徒への偏見や差別が広がっていると感じましたか?

メスメール パリに住む友人たちも今回の事件に大きなショックを受け、誰もが「なぜ、こんなことが起きたのか」「フランス社会の中にその原因はあるのか?」「テロの脅威にどう向き合うべきなのか」といったことについて、考え、戸惑い、悩み続けていました。

イスラム教徒への偏見や差別については、少なくとも表向きは際立った動きがあるようには感じませんでした。前回のこのコラムでもお話しした通り、フランス社会は宗教の違いに関わらず、フランス人としての「一体感」「連帯感」を意識しようと努めています。

ただし、本当に以前と変わらないのか?と問われれば、そうとは言い切れないでしょう。特にイスラム教徒の人たちの側からすれば、以前とは違う微妙な雰囲気の変化を感じているのではないかと思います。

憲法改正は「共和国」の理念に反する

―テロの直後に行なわれたフランスの統一地方選挙では、第1回目の投票で極右政党の「国民戦線」が大きく得票数を伸ばしました。テロ事件がフランス社会の右傾化を加速させたという見方もありますが…。

メスメール 第1回投票で国民戦線が躍進したのは事実ですが、私はその要因が今回のテロ事件だけだとは思いません。フランスではそれ以前から高い失業率の問題や移民政策、EUとの関係などを巡って現政権への不満が高まっており、国民戦線はそうした不満の受け皿として、着々と支持を広げていました。ですから、今回の選挙結果もそうした一連の流れの中にあることをまず理解する必要があるでしょう。

また、フランスの地方選挙では1回目の投票で1位となった候補者が一定の得票数を得られていない場合、2回目の決選投票を行なう仕組みになっています。今回の選挙でも、1回目の投票では極右の国民戦線が各地で1位を獲得しましたが、2回目の投票では投票率も上がり、与党「社会党」と野党第一党の「共和党」の選挙協力によって、国民戦線は結果的に多くの議席を失っています。この結果は、極右政党の躍進に対する有権者の危機感が一定のレベルで作用したことを示していると思います。

―とはいえ、フランスが全体的な傾向として右傾化を強めているのは事実では? 極右の国民戦線に対抗するために本来はライバルである社会党と共和党が共闘したのも、そうした危機感の表れかと。この共闘の結果、与党・社会党が今後ますます力を失い、フランスの政治的な立ち位置が従来よりも共和党寄り、つまり「やや右寄り」へと変化する可能性はないでしょうか? 

メスメール これまで様々な政策に関して与党・社会党を批判してきた共和党の発言力が高まる可能性はあるでしょうし、社会党も従来よりやや現実的な路線へとシフトしていかざるを得ないと思います。しかし別の見方をすれば、国民戦線に代表される極右勢力への支持の広がりは、結果的にそれに対抗する目的で社会党・共和党の歩み寄りを後押しし、連携を進めるきっかけになっているとも言えます。

私が唯一、心配しているのは、ここにきて政府から「憲法改正」の動きが出てきていることです。改正の主な論点は「フランス国籍」に関する扱いで、その取得条件を厳しくし、制限しようという動きがある。しかし、それはフランス社会がこれまで大切に守ってきた自由・平等・博愛を掲げる「共和国」の理念に反するもので、私は個人的に反対です。

日本は、政府もメディアも「危険」を強調しすぎ

―今回の統一地方選挙で思い出したのが、昨年1月、「シャルリー・エブド襲撃事件」(*)の起きた、まさにその日にフランスで発売され大きな話題となった、フランス人作家、ミシェル・ウェルベック氏の小説『服従』です。

(*)イスラム風刺画を掲載した週刊新聞「シャルリー・エブド」本社をイスラム過激派が襲撃し、12人が殺害された事件

メスメール 私も今、ちょうどその小説を読んでいるところです。

―この近未来小説の中で描かれる2022年のフランス大統領選挙では、国民戦線の躍進に対抗する最後の手段として与党・社会党とイスラム政党が共闘し、その結果、フランス初のイスラム政権が誕生するという、なんとも大胆なストーリーですが。近い将来、こうしたことが現実となる可能性は?

メスメール ウェルベックは大変に素晴らしい小説家で、私もファンのひとりですが、2022年の大統領選挙で現実にそうしたことが起こり得るかと言えば、私はそうは思いません。ただし、もっと先、例えば今から数十年先はどうかと言われたら、それはわかりませんけどね。

―それでは、国民戦線の女性党首、マリーヌ・ル・ペン氏が来年のフランス大統領選挙で有力候補となる可能性はあるのでしょうか?

メスメール それに関して言えば「イエス」でしょう。先ほども話したように、現政権は多くの難題を抱えており、その失敗はすべて国民戦線にとってプラスに作用します。ある意味、国民戦線は自ら何もしなくても、ただ与党や共和党の「敵失」を待ち続けるだけで支持を広げることができる立場にいます。

彼女は大統領選挙に間違いなく出馬するでしょうし、それが一定の支持を集めることは確実でしょう。あとはその支持がどこまで広がりをみせるか…。その意味でも、2016年は非常に大きな意味を持っていると思います。ISの問題、難民問題への対応、そして国内の経済対策など多くの難問を抱える現政権がこの1年をどのように乗り切るのか? その中身が大統領選挙での国民戦線への支持率にも大きく影響するはずです。

―そしてフランスから日本に戻ってきた今、改めて感じたことはありますか?

メスメール テロ後のフランスから帰ってくると、改めて日本という国が本当に世界のどこよりも安全で平和だということを実感せずにはいられません。私が理解に苦しむのは、それにもかかわらず、政府やメディアもことさらに「危険」を強調することです。また、日本はこれほど安全な国なのに多くの人たちが個人で警備保障会社と契約しているというのも少しやりすぎなのではないかと思うことがありますね。

仮に、ISが日本もテロ攻撃の対象になりうると示唆し、それに対して十分な警戒が必要だとしても、今の日本が直面しているテロの脅威がヨーロッパのそれと同じレベルだとは思えません。また、中国や北朝鮮の脅威に関する政府の主張や報道…例えば、先日の北朝鮮による核実験後の報道を見ても現実的なレベルよりも「脅威」が強調され過ぎているように感じます。

そうした脅威を必要以上に強調することで、国民を不安にさせて世論をコントロールするというのは、権力がよく使う手段です。もちろん危機管理意識は大切ですが、それらに踊らされないよう、自分たちが住むこの日本という国がいかに安全で平和であるかを自覚し、現実を冷静に見極めることも必要でしょう。

●フィリップ・メスメール 1972年生まれ、フランス・パリ出身。2002年に来日し、夕刊紙「ル・モンド」や雑誌「レクスプレス」の東京特派員として活動している

(取材・文/川喜田 研)