木村草太氏。1980年生まれ、首都大学東京法学系准教授。専攻は憲法学。近著に『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』(晶文社)など(撮影/藤木裕之) 木村草太氏。1980年生まれ、首都大学東京法学系准教授。専攻は憲法学。近著に『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』(晶文社)など(撮影/藤木裕之)

参院選の争点?ともいわれる緊急事態条項の新設。「国民の安全を守るため」と安倍首相は言うが、憲法改正をしてまで設ける必要があるものなのか。注目の若手憲法学者に聞く!

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憲法改正を実現したい安倍首相が9条改正とともに必要性を訴えているのがテロや戦争、巨大災害などの緊急時に一時的に政府の権限を強化したり、個人の権利を制限したりすることができる「緊急事態条項」の新設だ。

昨年11月にパリの同時多発テロが起きた際には、フランス政府も「緊急事態」を宣言したが、世界各地でISによるテロが頻発する中、日本の憲法にもそうした「緊急事態条項」が必要なのか?

明快な語り口で知られる注目の若手憲法学者、首都大学東京の木村草太(きむら・そうた)准教授を直撃した。

―フランスのテロ以来、日本の憲法にも「緊急事態条項」を設けるべきだという声が出ているようですが…。

木村 テロというのは大規模ではあっても、要するに殺人行為の一種ですから国内法上、当然、処罰の対象になります。それを捜査したり警備したりする権限というのも警察にあります。

現行法で認められている検察、警察の強い権限や、それを使うための刑事訴訟法などの法整備もありますから、決して無防備なわけではない。従って、テロのために何か特別な法整備が必要ということではないと思いますね。

―ただ、テロの脅威に関しては単に犯人を捕まえるだけでなく、未然にテロを防ぐために今の法律で対応しきれない部分もあるのでは?

木村 それは、公権力の側が具体的に何が足りないかということを説明できるかだと思います。実際、現行法でも通信傍受は可能ですし、場合によっては令状がない場合でも緊急逮捕ができる。

また、無差別テロというのを日本は経験済みです。オウム真理教が起こした95年の地下鉄サリン事件ですが、あの時も警察の対応には批判があったとはいえ、少なくとも何か特定の手段が採れなくて不都合が生じたとか、テロ後の対応ができなかったという話は聞かれませんでした。

法の整備というのは、現行法の内容を細かく知った上で、どこをどう変えるべきかという具体的な議論が必要で、イメージだけで法律を変えてしまうのは危険です。

議論のない緊急事態法制は疑うべき

―すると、緊急事態条項に関して憲法改正は必要ない?

木村 これも誤解している人が多いのですが、現行法上、緊急事態法制が日本に全くないわけではありません。刑事訴訟法には緊急逮捕という条文があるし、武力攻撃には「武力攻撃事態法」、災害には「災害対策基本法」「災害救助法」という法律があって、緊急の判断を要するものにはそれぞれ規定がある。

そもそも、いきなり憲法の改正という話が出てくるのがおかしい。本来なら、まず法律を変えるべきで、その法案が「違憲」であれば、初めて改憲の必要があるはずです。逆に、そうした議論のない緊急事態法制は疑ってかかったほういいでしょう。

テロが怖いという気持ちはわかります。ただ、人は恐怖や不安に直面すると「今ここにない何か」に頼ろうとする。でも、そんな時は立ち止まって冷静に「それって、本当に役に立つの?」と問うことが大事です。その問いにきちんと相手が答えられない時は、たいていロクなことになりません。

緊急事態だから、国会の権限を内閣に譲るというのは、結局はその時の政府に白紙委任をするだけで、むしろ大変に危険だと思いますね。

●発売中の『週刊プレイボーイ』6号では、憲法9条改正について東京外語大教授・伊勢崎賢治氏と映画作家・想田和弘氏の特別対談も掲載。改憲でも護憲でもない“第三の選択”とは?