左からフランスのフィリップ・メスメール氏、中国・香港の李ミャオ氏、アイルランドのデイビッド・マックニール氏

日本に長年滞在する外国人特派員たちの目には、2016年の日本はどのように映っているのだろう?

「週プレ外国人記者クラブ」第19回は特別編として、3名のジャーナリストを新年会にご招待し、この国の行方を語り合う!

出席者は、イギリスの『エコノミスト』誌や『インデペンデント』紙などに寄稿するアイルランド出身のデイビッド・マックニール氏、フランス『ル・モンド』紙の東京特派員、フィリップ・メスメール氏、そして香港に拠点を置く「フェニックステレビ」東京支局長、李(リ)ミャオ氏。いずれも日本に長年滞在する、舌鋒(ぜっぽう)鋭い論客である。

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―皆さんが2016年の日本で注目していることはなんでしょう?

マックニール 昨年9月に発表されたアベノミクス「新3本の矢」の中で、安倍晋三首相は2014年時点で約490兆円だった日本の名目GDPを「2020年までに600兆円にする」とか「出生率を現在の1.4から1.8に引き上げる」などと目標を掲げています。

僕は出生率低下と労働人口減少が日本の大きな問題だと思っているのですが、日本のGDPが最も高かったのは1997年の約520兆円。一方、労働人口(15~64歳の生産年齢人口)はこの20年で1千万人近くも減っています。

仮に今すぐ出生率が上がったとしても、生まれた子供たちが労働人口になるのはずっと先のことです。つまり、安倍首相は20年前より1千万人も少ない労働人口で史上最大のGDPを実現すると言っているわけで、これはどう考えても無理でしょう。この目標に現実味がないことは彼自身もわかっているはず。

ではなぜ現実味のない目標を掲げているのかといえば、彼にとってこれらを実現できるかどうかは重要ではないから。安倍首相には本当にやりたいことが他にあって、それはやはり「憲法改正」なのだと思います。そのために今夏の参院選までは威勢のいい成長目標を掲げて支持率を保ちたいのでしょう。

 私も今年の一番の焦点は夏の参院選だと考えています。憲法改正は安倍首相の最終目標であり悲願ですが、参院選で勝って3分の2の議席を獲得しない限りは遠い夢に終わってしまうわけですから、この選挙は極めて重要な意味を持っているといえます。

憲法改正について、昨年末から安倍首相がいろいろと発言しているので大変気になるところですが、どこまで国民の支持が得られているのかといえば、現状はまだ理解が進んでいないように思います。また、参院選に向けて自民党がどこまで憲法改正を前面に押し出していくのかという点についても、動きを見ていく必要があるでしょう。

もうひとつ、注目しているのは外交面。日韓関係については昨年末に突然、慰安婦問題に関する合意が成立しました。この先、実質的にどういうことが行なわれるかわからないにしても、関係改善に向かうのでしょう。

しかし、中国との間には尖閣(せんかく)諸島の問題もあり、南シナ海の件もありますから中国政府は日本の動きを非常に警戒しています。そうした中で今年、うまくいっていない日中関係をどのように改善していけるのか注目しています。

菅官房長官の巧みなテクニック

メスメール 僕も安倍首相の最終的な目標は憲法改正だと考えています。李さんが指摘したように、それを実現するためには参院選で勝利する必要がある。そこで僕が注目しているのが安倍政権の「経済政策」です。

少なくとも参院選までは経済が好調だというイメージを維持する必要がある。そのためには金融政策や、ある意味、古くさくて危なっかしい景気刺激策も含め、ありとあらゆる手段を使って経済を維持しようとするはず。

憲法改正に関しては、参院選までにどうやって政治的な議論を深められるかが重要ですが、そこで問題になるのが「対抗勢力の不在」でしょう。今や野党がすっかり弱体化してしまい、マトモな対抗勢力と呼べるのは共産党ぐらい。ところが、その共産党は「共産党」という党名が足を引っ張っているという皮肉な現状がある。彼らが党名を変えれば、今よりももう少し支持を広げられると思うのですが。

参院選への影響という点でもうひとつ注目したいのは、沖縄の米軍基地問題です。辺野古(へのこ)移設に反対する沖縄県と国との間で裁判も始まりましたし、翁長雄志(おなが・たけし)県知事が今後、国際社会へのアピールも含めて、どのような動きを見せるのかにも注目しています。

しかし、これも安倍政権、特に菅義偉(すが・よしひで)官房長官が巧みに乗り切ってしまうかもしれません。菅さんは実にクレバーで、次々と論点を変えることで意図的に議論を成り立たせなくするというテクニックを使いますから。

日韓、日中関係についても、やはり経済が重要なポイントです。日中韓のいずれも現実主義的な政権で、今の自分たちが経済によって支えられていることをよく自覚していますから、それぞれの経済状況が好調とはいえない中、お互いに関係を改善せざるを得ないだろうというのが僕の見方です。

マックニール メスメールさんの「経済状況が最重要」という指摘は正しいと思います。そして経済は今年、安倍政権が抱える最大のリスクでもある。年明け早々、株価の急激な下落が話題になりましたが、中国経済の先行き不安や原油安の影響もあって、日本だけでなく、今や世界経済全体が大きく揺れ動いています。 RBS(ロイヤルバンク・オブ・スコットランド)の最新のレポートによれば、今年、世界経済が「危機的な状況」に陥るリスクがある。原油価格がさらに下がり、世界的に株式市場が20%程度下落する可能性も指摘されています。

メスメールさんは安倍政権が「ありとあらゆる手段を使って経済を維持するだろう」と言いましたが、夏の参院選前に世界的な経済危機が起きたら、もう政策だけで対応するのは不可能です。

自民党の対抗勢力は「内部」にいる?

メスメール 確かに、安倍政権は景気刺激策も金融政策も、すでにやれることはほぼやり尽くしていますしね。事実上、日銀が国債を買い上げる形で行なっている金融緩和にも限界はあるし、仮に世界的な金融危機が起きれば、対応できない可能性はある。

―世界的な経済危機のリスクという意味では、中国経済の先行きが気になるのですが、李さんはどう見ていますか?

 私はエコノミストではないので予想はできませんが、確かに最近の香港市場を見ていてもショッキングなことは多いですよね。昨今の中国経済は好ましくない状態ですから、今後、中国政府が経済政策にどれだけ力を入れてどのような対策を取るか、それによって経済のコントロールを取り戻せるか、注目したいと思います。

アベノミクスについて言えば、これまで私が取材した日本政府の高官たちは強い危機感を抱いていますが、私はその効果が限界にきているのかどうかは、もう少し慎重に見極める必要があると思います。

経済の回復をアピールして選挙に勝つというのが安倍政権の既定路線でした。ただ、私は日本で取材を始めて8年になるのですが、毎年のように行なわれる選挙を取材しながら、日本の国民が選挙の時に何を重要視して投票先を決めているのかが、いまだによくわからないんです…。

ですから、仮に経済政策がうまくいかなくても、野党が今のような状態では結局、有権者にとって自民党以外に現実的な選択肢がないという状況は十分に考えられます。

マックニール そう、経済問題で安倍さんの立場が苦しくなっても、対抗勢力がいないので自民党が勝つという可能性はありますよね。

メスメール 唯一の対抗勢力がいるとすれば、それはむしろ自民党の「内部」にいるのかもしれない。その時、消費税の引き上げに関する議論がひとつのポイントになるかもしれません。前回の増税時にも景気に悪影響がありましたから、世界経済の先行きも不透明な中、本当に消費税を上げるのか否かは自民党内でも意見が分かれるところだと思います。

マックニール みんな安倍政権は盤石だと思っているけど、それは経済面での期待があるからで、僕はそれが崩れたら党内の状況が大きく変わる可能性もあると思う。ただ、今の自民党内に安倍首相に取って代わる人物がいるのかな?

 仮に安倍さんが失脚すれば、おそらく石破茂さんが期待されるでしょうが、石破さんがどれだけ党内の支持を集められるか…。石破さんは能力のある、しっかりとした考えを持っている人だと思いますが、自民党はやはり「古い政党」ですから、新しいリーダーが出てくるのは、なかなか難しいと思います。

それに自民党60年の歴史で、今ほど派閥の力が弱いのは初めてです。メディア戦略も含めてすべてが官邸主導で行なわれ、官邸に力が集中していますからね。

日本のデモは「よい子すぎる」印象

マックニール 確かに、自民党の対抗勢力はいませんが、選挙で圧勝しているように見える自民党も、得票率は有権者全体のたった14~18%というのが現実です。つまり、安倍政権を支持していない人たちの「受け皿」がないから投票率が上がらないという状況が問題なのだと思います。

その責任の一端は大手マスコミにあります。本来、権力を監視すべきマスコミが政府に対して対立的な立場を取ろうとしない。その一方で、政府はメディアの力をよくわかっているから、自分たちの意に沿うメディアを選別し、コントロールしようとする。「出る杭(くい)は打たれる」というコトワザがあるように、政府は自分たちに批判的なメディアや人物を孤立させる。あれはもう「イジメ」ですよ。政権の意に沿わないジャーナリストやキャスターがTVから次々と消えてゆく…こんなことは先進国中、日本でしかあり得ないと思う。

メスメール もうひとつ、これは日本だけの話ではないのですが、高齢化によって、社会の「保守化」が進んでいるという面もあると思います。一般的に高齢者は変化を好まないし、生活への不安など現実的な経済の問題に重きを置く傾向がある。移民問題に揺れるヨーロッパも、その根底にあるのは経済の問題です。

安全保障関連法をめぐっては、SEALDs(シールズ)のように若い学生たちを中心とした新たな抗議の動きもありますが、僕のようなフランス人から見ると、彼らのデモは「よい子すぎる」という印象があります。

 私は昨年、国会前デモを毎日のように取材していました。参加者たちはとても抑制的で、自ら交通整理をするなど、ものすごく秩序正しくやっている。これでは革命は難しいな…と正直思いました。

そして、彼らに話を聞くと、安保法案に反対しながら、法案の具体的な内容や、それによって日本の安全保障がどう変わるのかということについて理解している人が少なかったことも気になりました。デモに参加することが目的になってしまい、本当に何かを変えたいと思っているのか疑問に思いました。

マックニール 僕もデモ参加者を取材しましたが、「デモには参加するけれど、これで安倍政権を打倒できるとは思っていない」という答えもあった。例えばイギリスの場合、イラク戦争に反対するデモでは、人々は本気でブレア首相にイラク侵攻を諦めさせようとしていましたが…。

しかし、日本人がこれほどの規模でデモを行なったという事実には驚きました。SEALDsなど若い人たちの草の根運動が今後、実際の政治にどうつながっていくのか注目しています。

 私もそれは注目していますが、この運動は一時的な現象なのか、継続していくのか、疑問が残っています。

メスメール 去年のデモは、ほんの始まりだったのでしょう。しかし、本格的な経済危機が訪れたら、緩やかな変化では間に合わない可能性がありますよ。

―うーん、なかなかキビシイですね。ただ、夏の参院選や憲法改正に関する議論の中で、そうした新しい流れがどんな展開を見せるのか…今後も注目していきましょう!

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)