本連載がスタートしたのは昨年秋だが、時期を同じくしてBS-TBSで「外国人記者は見た!日本inザ・ワールド」という番組が始まっていた。
日本の大手マスコミによる報道だけでは見えてこない「真実」を外国人記者たちに聞く…というスタンスは全く同じだ。ということで、「週プレ外国人記者クラブ」第26回は特別編として、同番組の収録現場を訪れ、MCを務めるお笑いコンビ「パックンマックン」のパックンこと、パトリック・ハーラン氏に話を聞いた。
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─パックンが来日したのは1993年。非自民の細川護煕内閣が誕生し、いわゆる“55年体制”が崩壊して日本が大きな曲がり角に直面した年です。その後も日本には幾度かの変革のチャンスがありましたが、パックンが日本に住んで肌で感じた最も劇的な変化は?
パックン やはり、自民党の党内派閥が事実上なくなったことは非常に大きな驚きでした。現在も一部に派閥の流れは残っていますが、かつてのような“派閥政治”は見られません。来日する以前、日本について聞かされていたのは「事実上の一党独裁の国だ」ということ。1955年に当時の自由党と民主党が合併して自民党が結成されて以降、細川政権が誕生するまで一貫して自民党政権が続いたわけですから、外国から「一党独裁」と見られるのは当然のことだったと思います。
しかし、かつては自民党内に右寄りから左寄りまで異なる政策的主張を持つ派閥が存在し、互いに牽制し合うことで、55年体制が続いていた当時も日本全体の政策的バランスは保たれていたと思います。また、旧社会党など有力な野党も存在していました。
こういった過去を踏まえて、現在の安倍政権を見ると「本当の一党独裁に近づいた」と感じます。自民党内に政権と異なる政策を主張する派閥も存在しないし、自民党を脅かすような野党も見当たらないからです。2015年に強行採決された安全保障関連法は、その結果だと考えています。
もうひとつ、日本の変化で感じていることは、洋楽・洋画に対する若者の関心が薄くなったことです。1990年代前半といえばマドンナ、マイケル・ジャクソン、マライア・キャリーが絶頂期を迎えていた時代で、日本の若者たちも大きな関心を寄せていました。映画の世界でも同様でした。それが、現在の日本の若者が聴くのはJ-POPのアーティストたちばかり。映画も、日本の映画産業にとってはいいことですが、洋画よりも邦画が人気なのは新しい動き。
これは、一体、なぜなのか?
バブル崩壊後の“失われた20年”で、日本には海外のトップアーティストを呼んで来日公演させる経済力がなくなったから? あるいは、現在の世界では2014年にイギリスからの独立を問う住民投票が行なわれたスコットランドや、同様にスペインからの独立を求めるカタルーニャ州のように経済のグローバル化が進む一方で民族のアイデンティティ意識が高まっているから?
まあ、様々な要因が考えられますね…。いやいや! 「様々な要因が考えられます」というのは“面白くないコメント”の典型でした。失敬!
アメリカでは異なる意見を持つ新しいメディアが次々登場する
─そういった現在の日本で「外国人記者は見た!日本inザ・ワールド」や、この「週プレ外国人記者クラブ」のように、海外メディアの視点が求められている理由はどこにあるのでしょう?
パックン ひとつには、「グローバル化の時代」といわれるようになって久しいわけですが、これまでの日本では経済面にかぎった現象に過ぎませんでした。政策や行政といった分野ではグローバル化は進んでいなくて、日本はガラパゴス状態が続いてきたと思います。
安倍首相は積極的に外交を展開している面もありますが、逆に「海外の国々が日本の政治や制度をどのように見るか?」「グローバル・スタンダードに照らし合わせて、日本は進んでいるのか、遅れているのか?」という視点は、まだまだ希薄だと思います。
外国人記者たちがメディアに多く登場するようになったのは…ボクから言わせれば「やっとか」という感じですね。これまでもバラエティ番組などでは日本の文化などの特異性を取り上げることがありましたが、政治などの“カタイ話題”で外国人ジャーナリストの意見を聞くということはほとんどなかったと思います。
自分の国を「ヘンだ!」と考えている日本人も少なくないかもしれませんが、実はボクの祖国・アメリカも相当に変わった国です。「アメリカ例外主義」(American Exceptionalism)という考え方があって、これを否定する候補は絶対に大統領になれないといわれるほどですが、要は「アメリカは特別な国だ」という自己中心的な姿勢が根づいています。
しかし、そのアメリカでも、以前から報道番組でフランス人などの外国人ジャーナリストの意見を紹介することは日常的です。カタールのメディア「アルジャジーラ」も、アメリカ向けのニュース専門チャンネル「アルジャジーラ・アメリカ」(AJAM)の放送を2013年から始めています。9.11テロの首謀者であるビン・ラディンの声明をそのまま放送したこともあるアルジャジーラに対しては危険視する声もありましたが、報道に求められる多様性という観点からアメリカでの開局が認められた。
AJAMは不振で来月閉局しますけど、このように自己中心的なアメリカでも、自分たち以外の視点や考え方を提供する新しいメディアはドンドン登場します。また、アメリカ人が外国人ジャーナリストの声に耳を傾ける背景には「自国の政権との癒着がないから」という明確な理由もあります。
安保関連法については徹底的に掘り下げて議論してみたい
─日本の“ガラパゴス的制度”といえば、記者クラブ制度も挙げられますが、日本でもその制度の範囲外からの意見は今後さらに価値を増していくでしょうね。「外国人記者は見た!日本inザ・ワールド」のこれまでの放送で交わされた議論で、特に印象に残っているものは?
パックン この番組は毎週ひとつのテーマを決めて、外国人ジャーナリストたちが意見を戦わせるスタイルですが、ボクは一度の放送で議論が尽くされたとは思っていません。扱うテーマは、すべて現在進行形の問題です。だから「もう一度、あのテーマで議論したい!」と思うことは、よくあります。
そんな中でも特に印象に残っているのは、ロシア軍によるシリア空爆について、ナジーブ・エルカシュさん(シリア/リサーラメディア)とセルゲイ・コツバさん(ロシア/セゴードニャ通信東京支局)が交わした激論です。セルゲイさんはプーチン支持のスタンスで、空爆には意義があるという考え方。一方、ナジーブさんは空爆によって民間人の命も奪われているシリアの国民ですから当然、空爆に対しては強く非難し、議論は白熱しました。
こうやって言うと「空爆する国と、される国なんだから激論になるのは当然だろ!?」と思う人もいるかもしれません。しかし、このふたつの立場のコントラストは、日本という単一の視点、そのフィルターを通したメディアの報道だけでは容易に見えてこないものだと思います。
─では今後、数週にわたって特集を組んでも取り上げたいと考えているテーマは?
パックン やはり、安保関連法については徹底的に掘り下げて議論してみたい。この問題は、まさに「国際社会における日本」をどう考え、どの道を選択するかということ。日本国内だけで議論しても“正解”は見つけられません。日本が集団的自衛権を行使しようというのなら、その提供を受ける側の国や武力行使の対象となる国からの意見もとても参考になるはずです。「外国人記者は見た!日本inザ・ワールド」にピッタリのテーマです。
ボクは、できれば日本で100歳を迎えたいと考えています。だから「55年後の日本がどうなっているか?」は個人的にも切実な問題。当然、今よりも豊かで、平和で、暮らしやすい国になっていてほしい。そのために、言うべきことを発信し続けていきたいと考えています。
●パトリック・ハーラン 1970年生まれ、米国コロラド州出身。ハーバード大学卒業後、1993年に来日。吉田眞とのお笑いコンビ「パックンマックン」で頭角を現す。2012年より東京工業大学にて非常勤講師を務めている ●「外国人記者は見た!日本inザ・ワールド」 BS-TBSにて毎週水曜22:00から放送中。
(取材・文/田中茂朗 撮影/編集部)