5月10日、ICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)は、タックスヘイブン(租税回避地)に設立された21万社以上の法人と、関連する約36万の企業や個人名、住所のリストを公表した。
4月上旬の“先行リーク”では各国首脳らの名前も挙がり、アイスランドのグンロイグソン首相は辞任に追い込まれた。「週プレ外国人記者クラブ」第33回は、ロシア「イタル―タス通信」東京支局長のワシリー・ゴロヴニン氏にロシアでの反応を聞いた。
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―ロシア国内で、パナマ文書はどのように伝えられ、人々はどう反応していますか?
ゴロヴニン ロシアでも大きな反響があり、多くの国民が怒りを覚えています。ただ、ロシアの場合、タックスヘイブンなどを利用した租税回避の問題に関して、日本やアメリカ、EUなどの西側諸国とは少し異なる事情があることを理解しておかねばなりません。
まずロシアの税制は、西側と比べれば法整備の点で明らかに遅れています。例えば、ロシア国内で、ある企業が納税を巡って国と裁判になると、西側の常識では企業の主張が認められるようなケースでも国に有利な判決が下り、強権的に徴税されることも少なくありません。つまり、西側ではタックスヘイブンを利用した取り引きに「節税」の意味合いが強いのに対し、ロシアでは「国の権力から財産を守る」ということが大きな目的となっています。
税を巡るトラブルで国と裁判になった際も、海外企業の資本を入れておけば、ロシアの裁判所ではなく、よりフェアな国際投資紛争解決センター(世界銀行傘下)などでの調停に持ち込むことができる。こうした理由から、ロシアの資本家や企業はタックスヘイブンに設立した法人を事業に介在させているのです。ロシア人が利用するタックスヘイブンとしては、キプロスが一般的です。
しかし、こうした租税回避策(=財産保全策)の結果、企業の資本関係が複雑になり、結果として国家に収められるべき税収が減るという現象は、ロシアでも西側でも変わりません。モスクワには現在、3つの国際空港がありますが、そのひとつドモジェドヴォ空港は民間の経営です。ここの経営主体も資本が複雑に入り組んでいて、つい最近まで「オーナーが誰なのか?」すら知られていなかったのです。国際空港が謎と言ってもいい企業によって経営されていれば、租税回避はもちろん、多くの脱法的行為が可能になるでしょう。
ロシアでもタックスヘイブンが利用されるもうひとつの理由は、汚職による賄賂などで得たカネを隠しておくためです。賄賂のようなカネを現金で渡すのは、もはや時代遅れといえるでしょう。こうした実態の一部がパナマ文書によって明らかにされ、今さらながらロシア国民は怒っているのです。
「一般のロシア人は、とにかくアメリカを信用していません」
─パナマ文書ではプーチン大統領周辺の人物の名前も挙がっています。このことは大統領の支持率に影響しますか?
ゴロヴニン セルゲイ・ロルドゥギンというチェロ奏者の名前が出ましたね。彼はプーチン大統領とは子供の頃からの親友です。パナマ文書にある彼の企業がプーチン大統領になんらかの利益をもたらしたのかどうか…真相はまだわかりませんが、疑惑が生じていることは確かです。
しかし、このことがプーチン大統領の支持率に悪影響を及ぼすという見方は、いかにも西側の論理でしょう。今のロシアにおけるプーチンがどれほど強大な存在であるかを理解していません。2000年に大統領に就任したばかりの頃のプーチンと、今のプーチンは全く別の人物といってもいい。この16年間で、彼は途方もない権力を手にしたのです。
タックスヘイブンを利用して租税を回避した企業や資本家の中には、そのカネで別荘を建てたり豪華なクルーザーを購入する、また、そのためにタックスヘイブンを利用するというケースも少なくないでしょう。しかし、今のプーチンには別荘もクルーザーも必要ない。そんなものは、たとえ持っていなくても、いつでも、どうとでもすることができる。それほど強大な権力者に彼は上りつめたのです。
そして、このことはロシア国民もわかっている。外交や安全保障などの面でプーチンに対する国民の評価は非常に高く、パナマ文書に友人の名前があったというぐらいでは、今の権力基盤が揺らぐことはありません。
─パナマ文書に関しては「アメリカによる陰謀説」も囁かれています。アメリカの政治家や企業の名前が極端に少なく、疑惑の矛先が向けられているのがロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席などアメリカが牽制したいと考える存在だからです。この点に関して、ロシア国民の見方は?
ゴロヴニン 一般のロシア人は、とにかくアメリカを信用していません。今回、パナマ文書を公開したICIJはワシントンに本部を置き、支援団体の中にはCIAに近い組織もあるようです。しかし、そういった背景を抜きにしても、パナマ文書の公開にアメリカの政治的意図が反映されていることは、ロシア人にとっては驚きに値しません。「まあ、そういうことは十分にあり得るな」と、目くじらを立てることもなく普通のこととして捉えています。
─プーチン大統領は別荘にもクルーザーにも興味がないとのことでしたが、東京の知事はヤフオクで美術品を買っていました。同じカネの問題でも、パナマ文書と比べれば数万分の1以下の金額ですが、どうも日本のメディアはこっちに関心があるようです。
ゴロヴニン それはロシアでも同じようなものです。例えば、2015年にサハリン州の知事が汚職事件で逮捕された時は、今回のパナマ文書以上にマスコミを賑(にぎ)わせました。ロシア人の多くは、タックスヘイブンを利用して租税回避をするような企業や大金持ちに対しては、「自分たちとは違う世界の出来事」といった、ある種の諦観を持っているのでしょう。そして、それは日本でも同じかもしれません。
もしかしたら、舛添さんも「パナマ文書のほうが桁違いに大きな金額なのに、どうしてオレが!?」と思っているかもしれませんね(笑)。
●ワシリー・ゴロヴニン イタル―タス通信東京支局長。着任は旧ソ連時代末期の1991年。以来、約四半世紀にわたって日本の政治・経済・文化をウォッチし続ける。
(取材・文/田中茂朗)