「皮肉にもメディアがトランプの躍進を後押しした」と語る、『フォーブス』誌のジェームズ・シムズ氏 「皮肉にもメディアがトランプの躍進を後押しした」と語る、『フォーブス』誌のジェームズ・シムズ氏

米大統領予備選挙は、共和党候補がドナルド・トランプ、民主党候補はヒラリー・クリントンにほぼ決定した。

なぜ、人種差別発言など過激な言動で物議を醸すトランプが圧倒的な支持を得るのか? なぜ、アメリカ初の女性大統領候補であるクリントンが苦戦しているのか? その根底にある米社会の変化とは?

「週プレ外国人記者クラブ」第36回は、『フォーブス』誌などに寄稿するアメリカ人記者、ジェームズ・シムズ氏に話を聞いた。

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─予備選挙が始まった当初、単なる「お騒がせ候補」のひとりと見られていたトランプが「圧勝」と言ってもいい強さで共和党の候補になりました。それどころか、11月の本選挙で勝ち、本当にアメリカ大統領になってしまう可能性も…。これは一体、どういうことなのでしょうか?

シムズ トランプの躍進について語る前に、まず共和党の変質について説明しなければいけません。私は高校、大学時代、共和党の選挙運動をやっていました。ロナルド・レーガン大統領(1981~89年在任)、その後のパパ・ブッシュ(ジョージ・H・Wブッシュ大統領、89~93年在任)の時代です。当時と比べると、共和党はこの20~30年で非常に極端というか、原理主義的になってきました。

その背景にはふたつの側面があります。ひとつは宗教的な部分…よく中絶禁止などを訴えるキリスト教原理主義の存在です。そしてもうひとつが市場原理主義。これは共和党だけではなく民主党も市場原理主義的になりつつありますが…。

市場原理主義者の考え方は、市場が万能ですべては自己責任というものですから「なぜ怠けている人を政府が助けなければいけないのか?」という主張になります。

これはキリスト教の精神に反することでもあるのですが、ともかく規制撤廃、市場に任せるという考え方が「思想」になってしまっている。リーマンショック時のサブプライムの問題はまさにそうした市場原理主義がもたらした結果なわけですが、市場原理主義はもはや「思想」となり、「現実」を見ようとしない。共和党の候補だったテッド・クルーズやマルコ・ルビオが言っていることは本当に極端です。

皮肉にもメディアがトランプの躍進を後押しした

─ただ、最終的に共和党候補になったトランプは、そうした共和党の市場原理主義者たちとは、少し主張が違いますよね?

シムズ 「トランプ現象」を考える上で非常に興味深い、大規模な学術的調査が『ニューヨーク・タイムズ』で大きく報じられていました。それによると、45~54歳で、最終学歴が高校以下の白人男性の死亡率が非常に上がっています。死亡の主な原因は銃などによる自殺、依存症および肝臓病…アルコール依存、麻薬中毒、ヘロイン、処方された痛み止めなど薬物乱用のケースです。生活が低下し将来への不安を抱えている人が増えていて、トランプの支持層はまさにそういう人たちが当てはまるわけです。

面白いのは「貧困と格差」の問題を訴えているという点で、トランプの主張は自らを「社会民主主義者」と称し、民主党候補としてクリントンと争ったバーニー・サンダースの主張とかなり似ていることです。もちろんトランプの主張には一貫性がないし、彼が自分の発言を本当に信じているのか、ただ単に支持を得るためにそういうことを言っているのかはわかりません。しかし、確実に社会の不満の捌(は)け口になっている。トランプという億万長者がその代弁者になるのは不思議なんですけど…。

外交についての発言でいえば、例えば「ブッシュ大統領は国民に嘘をついてイラク戦争を始めた」という、みんなが思っていることを共和党の立場にありながら言ってしまうところも彼の人気に繋がっているのだと思います。しかも、この発言はサウスカロライナという、すごく保守的で軍事施設もたくさんある州で行なった演説で述べたものですが、彼はこの予備選を勝利しました。

他には「アメリカが起こした中東の戦争では、もちろん米兵も死んでいるが、何百万人もの現地の人が死んでいる」などという、共和党候補なのに左翼みたいな発言もあった。普通、共和党の人は戦争で亡くなった現地の市民のことには触れませんからね。

─日本では彼の過激発言ばかりが注目されていますが、アメリカでは「誰も口にしなかったホントのことを言ってくれる候補」という捉(とら)え方もあるということですね。

シムズ あると思います。人種差別的な発言も同様で、共和党支持者の中には人種差別的な考えを持っていても理性が働いて口には出さない、行動に出さないという人が多いのですが、彼の支持層には差別的な考えを持ち実際に行動している人もいる。トランプは彼らの声も代弁しています。

─ブルーカラー層のツボを刺激してポピュリズムをうまく利用しているということですね。それにしても、予備選が始まった頃はアメリカのメディアも本当にトランプが最終的に共和党の候補になるなんて扱いは全然していなかったですよね…。

シムズ 皮肉にもメディアがトランプの躍進を後押ししてしまいましたね。つまり、視聴率が欲しいメディアがトランプの知名度の高さと過激な言動を利用した結果だともいえます。トランプは立候補前に「私はできるだけ安い選挙運動をやる、メディアを使う」と宣言していたのですが、結果的に広告費に換算すると数千億円単位になるPRをメディアがタダでやってしまった。このあたりは日本の「小泉劇場」に似たところがありますね。

─11月の本番でトランプが勝つ可能性は現実味を帯び始めているのでしょうか?

シムズ 永田町には「一寸先は闇」という言葉がありますが、あり得ると思います。世論調査はこの先を予測するものではないですが、少なくとも今はトランプとクリントンの支持率は拮抗していて、選挙は泥沼になる可能性もある。クリントンにも相当問題がありますし、世論調査ではふたりともネガティブな印象を持たれている。これだけ両候補が嫌われているというのは、おそらく大統領選史上最悪ですよ。

クリントンは「何が有権者に受けるか」を実践するだけのニセモノ

─クリントンが嫌われているっていうのも、日本人にはいまいちピンと来ないですよね。彼女が国務長官時代、公務のメールを私的なメールアカウントで扱っていたスキャンダルが原因でしょうか?

シムズ それだけじゃないですね。クリントン財団には金銭疑惑もありますし、彼女の主張にも一貫性がなくて、ただ単に「何が有権者に受けるか」を調べて、それに基づいた行動、発言、感情表現をしているだけじゃないかという批判もあるんです。英語でいうと「GENUINE」じゃない、ニセモノくさいというイメージですね。

-トランプはこれまでいろんな過激発言をしてきましたが、共和党の正式な候補になる以上、彼自身のポリシーと共和党本来の基本的ポリシーをすり合わせていかないといけない段階がきますよね?

シムズ 既に一部の共和党支持者の中で「トランプよりクリントンを支持する」という動きも出てきています。しかしトランプは基本的にビジネスマンですから、状況に応じて主張を変えていくでしょう。そもそも、格差の是正を訴えても実際に社会主義的な政策はとれないでしょうし、外交・安全保障面でもトランプはいろいろ言っていますが実現は難しい。

日米関係にしても、在日米軍の費用を全額日本に払わせるという的外れな主張は言うに及ばず、アーミテージなどの旧態依然なエスタブリッシュメントや官僚機構が日米関係の根っこにあるので、変えようしても難しいでしょう。しかし、日本に負担増の圧力がかかる可能性はあります。

─ちょっと前までアメリカの政治は二大政党が支持層をハッキリと分けていて、そのライバル関係という構図で見ることができましたが、今回の大統領選挙では共和党のメインストリームではないトランプが候補になって、民主党も主流派クリントンに迫るくらいサンダースは支持を集めた。二大政党はすでに大きく変わったのでしょうか?

シムズ 共和党はこれで分裂する可能性がありますね。だけど、あんな党だったらもうなくてもいいかなと思います。この十数年、共和党は大失敗ばかりですよ。一番大きいのはイラク戦争。ベトナムよりはるかに大きい、歴代の共和党政権でこれ以上の大失敗はありません。

イラクはまだ清算されておらず、中長期的に見てこの戦争の最終コストは数百兆円と見込まれています。そして、ISという新たな脅威をも生んでしまった。アメリカ社会における人種差別も未だに解決されておらず、悪化している面もあります。

もうひとつ問題視すべきは、州議会で共和党が優位にある地域では、わざとライバルの支持層が投票に行きにくいような選挙区の区割りを公然と行なっています。そのため、ひとつの選挙区が東西に400km近くにも延びたり、選挙区の形が異様に複雑になったりしている。さらに投票所の削減、投票時間を短縮するなどして投票自体を難しくしています。本来なら政党を問わず、有権者が投票に行くことを促すべきです。投票を難しくするというのは民主主義のシステムを自ら否定しているということですよね。

─最後に、日本での大統領選の報じられ方については、どう思います?

シムズ 本当に表面だけですね。まあ、アメリカ人も日本について無知な人が多いですが、日米関係は非常に重要なものですから、アメリカ社会の底流にあることを日本人にもっと理解してほしいです。

●ジェームズ・シムズ 1992年に来日し、20年以上にわたり日本の政治・経済を取材している。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の東京特派員を務めた後、現在はフリーランスのジャーナリストとして『フォーブス』誌への寄稿をはじめ、様々なメディアで活動

(取材・文/川喜田 研)