米軍による蛮行が沖縄で繰り返されるたびに問題になる「地位協定」とはそもそもなんなのか? 他国と比べて日米の協定はいかに不平等か?
参院選を控える今こそ、日本人すべてがこの問題にしっかり向き合うべきときではないだろうかーー。東京外国語大学大学院総合国際学研究科教授で、世界の紛争の現場に詳しい伊勢崎賢治(いせざき・けんじ)氏に聞いた。
■地位協定を生んだ米ソの冷戦構造
―今年4月、沖縄県うるま市で、米軍関係者による日本人女性への強姦(ごうかん)殺人事件が起きてしまいました。しかし日米の両政府は今回も「地位協定」の改正には一切踏み込まず、「運用の改善」で済まそうとしているようです。
伊勢崎 予想どおりですね。今の地位協定は1960年に締結されて以来、事実上一度も改正されていません。これは国際的に見れば極めて特殊なケースで、他国では多くの地位協定が国民の声に応える形で改正されています。
ところが日本では在日米軍基地の約7割が沖縄に集中しているために、今の地位協定による「被害者」の多くが沖縄に集中していて、本土に住む多くの日本人はこれが沖縄の問題ではなく「日本の問題」なんだという意識が薄い。
そのため、長年にわたって地位協定の問題が放置され、その陰で沖縄の人たちが本土から見えないところで犠牲を強(し)いられ続けてきたという歴史が、今また繰り返されているという印象です。
―そもそも、「地位協定」とはなんなのでしょう?
伊勢崎 地位協定というのは、ある国の軍隊が他国に駐留する場合、その軍隊の法的な立場や権利について、受け入れ国との間で交わす約束のことです。
ただし、戦争中でも占領中でもない「平時」に、ほかの国の軍隊が国内に駐留するというのは「異常な状態」なわけです。実際には、第2次世界大戦後の冷戦時代、アメリカがソ連(当時)に対抗するため米軍を世界中に駐留させる必要があったことが、地位協定が結ばれていった背景にあります。
もちろん、日米安保条約と同時に結ばれた「日米地位協定」もそのひとつですが、現代的な地位協定のベースになっているのは、アメリカを中心とした国際的な軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)の加盟国同士で結んでいる「NATO地位協定」です。
ちなみに、日本で地位協定の問題がニュースになると、どうしても米軍関係者の犯罪や、それに関する捜査権、裁判権のことばかりが話題になりますが、ほかにも施設の管理、航空機の出入、気象業務など、駐留軍と受け入れ国の主権との間に関する幅広い内容について定められています。
日米地位協定は「アフガン以下」
―日米地位協定はほかの地位協定と比べて「特殊で不公平」だという話をよく耳にします。それは本当ですか?
伊勢崎 はい、そう思います。まずは、日本と同じ第2次世界大戦の「敗戦国」である、ドイツやイタリアの場合と比べてみましょう。ドイツもイタリアもNATOの加盟国ですから、この両国に米軍が駐留する場合は、先ほどお話ししたNATO地位協定が適用されます。この場合、軍隊を送る側は中身は米軍でも「NATO軍」ということになります。そして、それを受け入れるドイツやイタリアとの間で地位協定が結ばれます。
この「NATO地位協定」は、「加盟国は相互に同じような条件を認め合う」という原則に基づいているので、駐留軍を「送る国」とそれを「受け入れる国」の立場は対等だという前提があるのです。ここが日米地位協定との最大の違いになります。
例えば、駐留軍の関係者が犯罪や事故を起こした場合、それが「公務中」か「公務外」かで、第1次裁判権の所在がどちらか一方に移る点については、基本的にNATO地位協定も日米地位協定と同じです。しかし、仮に公務中の犯罪で受け入れ国の側に第1次裁判権がなく、その被告がアメリカの「軍法会議」で裁かれるような場合でも、ドイツやイタリアの政府関係者がその軍法会議に立ち会う権利がちゃんと保障されています。
通常、軍法会議というのは自国の人間でも立ち会えないのが常識。この点でも日米地位協定とは大違いですし、いかにNATO地位協定が受け入れ国の立場や権利に配慮しているかがよくわかります。
―確かにそうですね。
伊勢崎 それだけではありません。冷戦終結後の1990年代に入ってから、ドイツやイタリアの地位協定には「補足協定」という形で改正が行なわれ、現在では受け入れ国の裁判権や主権がより具体的な形で保障されています。
例えば、ドイツが59年に締結、93年に大幅に改正した「ボン補足協定」では、米軍の殺人、レイプ、強盗などの凶悪犯罪について、公務中でもドイツの第1次裁判権を認めています。ところが、日本の外務省のホームページを見ると「ドイツは、同協定に従い、ほとんど全ての米軍人による事件につき第一次裁判権を放棄しています」なんてことが平然と書いてあるんです。
―ええっ、本当ですか?
伊勢崎 日米地位協定は不平等ではないということをなんとしてもアピールしたかったのでしょうか? NATO地位協定の原文を読めば、そんな内容がないことは一目瞭然です。これはあまりに悪質だと思うのですが…。最近では、NATO軍が2014年にアフガニスタンと結んだ地位協定でも、受け入れ国の政府関係者が派遣国の「軍法会議に立ち会う権利」がきちんと保障されています。
つまり、アフガニスタンで公務中に罪を犯した米軍兵士を裁く軍法会議に、アフガニスタンの政府関係者が立ち会えるということです。いまだ戦場であるアフガニスタンですら、自国に駐留する外国軍に対してきちんと権利を要求しているのに、なぜ日本はそれができないのか? なぜ日本人が問題にしないのか? 私はとても不思議だと感じています。
◆明日配信予定の後編では、一度は地位協定を破棄したフィリピンの例から日米地位協定改正への道を詳説! ●伊勢崎賢治(いせざき・けんじ) 1957年生まれ。東京外国語大学大学院総合国際学研究科教授。政府や国連から請われ、アフリカ・シエラレオネやアフガニスタンで武装解除を指揮するなど、世界の紛争の現場に詳しい。近著に『本当の戦争の話をしよう 世界の「対立」を仕切る』(朝日出版社)、『新国防論 9条もアメリカも日本を守れない』(毎日新聞出版)など
(取材・文/川喜田 研 撮影/有高唯之)