「ヘリコプターマネーは一度味を占めると手放せない麻薬のような政策」と指摘する古賀茂明氏

参院選の大きな争点であるアベノミクスの是非ーー。

政府や日銀の経済政策が目に見える成果を上げられない中、『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏は、話題となっている「禁断の金融政策」に警鐘を鳴らす。

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このところ、「ヘリコプターマネー」という言葉を耳にすることが多くなった。

ノーベル経済学賞を受賞したフリードマンが1969年に提唱した言葉で、国や中央銀行がなんの対価も取らずに、あたかもヘリコプターからお金をばらまくように、大量の貨幣を市中に供給する政策を指す。

そして今、日本でヘリコプターマネーが実行に移されるのではないかとの観測がにわかに強まっているのだ。

背景にあるのは日銀の金融緩和策の行き詰まりである。デフレ脱却と物価2%上昇を目標に、日銀が大規模な金融緩和をスタートさせたのは13年4月のこと。金融機関などから毎年80兆円もの国債を大量購入し、円をじゃぶじゃぶと市中に流し始めた。

しかし、それから3年3ヵ月が経過したが、目に見える成果は上がっていない。それどころか、今や日銀の国債保有額は364兆円(2016年3月末時点)にまで膨れ上がり、国の発行する国債の34%弱を引き受ける格好となった。このままのペースで日銀が国債を買い続ければ、やがては市中の国債が底を突き、「玉不足になる」という予測もあるほどだ。では、玉が尽きた時、国と日銀は何をするのか?

本来なら日銀が買った国債は政府が償還し、その金額の通貨が日銀に戻る。国債購入のために市中にばらまいたお金が回収されるわけだ。しかし、毎年40兆円ペースで借金を重ねている政府が借金を返す余力は乏しい。そこで登場するのがヘリコプターマネーというわけだ。

これには、様々なやり方がある。日銀が保有する国債を債権放棄することで、国の借金をチャラにするのもその一種だが、最も景気浮揚効果があるだろうといわれるのが、政府が新たに国債を発行する代わりに政府紙幣を発行して、その金を国民にばらまくという方法だ。

日本国民ひとり当たり80万円ばらまける

国債だといずれ返さなければならないが、政府紙幣なら返す必要がないから、国の債務は増えない。

しかも国民に交付金、地域振興券などの名目で10兆、100兆円単位の現金をばらまけるので景気対策になり、税収が増える。その間に財政再建、デフレ脱却を果たそうというシナリオである。

もし、国の借金1千兆円を一挙にヘリコプターマネーで全額償還するとか、それに匹敵するような政府紙幣発行による国民への現金給付などを行なえば、円への信任が弱まって円が暴落し、一気に破綻への道を転げ落ちることになる可能性がある。

ただ、日銀の保有する全国債の3割に当たる約100兆円を一回に限り、ヘリコプターマネー化するという程度ならパニックにはならないという識者もいる。

100兆円といえば、日本国民ひとり当たり80万円。4人家族だと320万円にもなる。それを政府のフトコロを痛めることなく、国民にばらまける。当然、その政権は高い支持率を得ることになるだろう。為政者にすれば、究極のポピュリズムだ。

しかし、ヘリコプターマネーは一度味を占めると手放せない麻薬のような政策である。今の国会に歯止め役は期待できない。となると、どんどんエスカレートして、国民経済を破壊する危険性大である。

政府・日銀がヘリコプターマネー実行の誘惑に駆られないことを今は祈りたい。

●古賀茂明(こが・しげあき)1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元幹部官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して2011年退官。著書『日本中枢の崩壊』(講談社)がベストセラーに。近著に『国家の暴走』(角川oneテーマ21)

(撮影/山形健司)